夜空を見上げると、無数の星々が穏やかに光を放っています。しかし、その恒星の中には、一生の終わりに激しい崩壊を起こし、宇宙で最も極端な天体へと姿を変えるものがあります。それが「ブラックホール」です。
ブラックホールという言葉から、「宇宙にぽっかりと開いた底なしの穴」や「近づくものを何でも吸い込む巨大な掃除機」のような姿を思い浮かべるかもしれません。あるいは、何者も脱出できない真っ黒で硬い球体を想像する人もいるでしょう。
しかし、実際のブラックホールは、物理的な「穴」でも、岩石のような硬い表面を持つ星でもありません。極限まで物質が狭い領域に押し込められた結果、光さえも脱出できなくなった「時空の領域」です。
では、もともと光り輝いていた星が、なぜ光すら逃げられない領域へと変わってしまうのでしょうか。
その答えの核心は、太陽よりもはるかに重い恒星の中心核が燃料を使い果たし、自らの強大な重力に耐えきれずに急激に潰れる「重力崩壊」にあります。ただし、すべての星がブラックホールになるわけではありません。星がどのような結末を迎えるかは、星が生まれたときの質量だけでなく、生涯にわたる質量の放出や中心核の構造によって左右されます。
星が自らの大きさを支える物理的な仕組みから、燃料の変化と中心核の崩壊、事象の地平面の形成、そして銀河の中心に存在する巨大ブラックホールの起源まで、順を追って解説します。
星を支える圧力:重力とのつり合い
星が何百万年、何十億年もの間、一定の大きさを保って輝き続けられるのはなぜでしょうか。気体の塊である星が宇宙空間へ散り散りに広がったり、逆に一瞬でぺしゃんこに潰れたりしないのは、星の内部で内向きの力と外向きの力が精密につり合っているからです。
内向きに働く力は「重力(万有引力)」です。質量を持つすべての物質は互いに引き合います。恒星は膨大な質量のガスが集まってできているため、星を構成するあらゆる物質は、中心に向かって絶え間なく引き寄せられています。この内向きに縮めようとする重力は、星が存在する限り弱まることなく働き続けます。
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条件や数値を変え、本文で説明した関係を確認できます。これに対して、星を外側へ押し返そうとする力が、内部の「圧力」です。ここで重要なのは、星を支えている力が単なる温度の高さそのものではなく、中心ほど高く外側ほど低いという「圧力の差(圧力勾配)」である点です。深い層のほうが外側の層よりも強い圧力を持つため、物質を外側へ押し上げようとする力(圧力勾配による力)が生まれます。
この中心部の高温・高圧を維持しているのが、中心核で起きている「熱核融合反応」です。例えば太陽のような恒星では、中心部の温度が1,000万度を超えており、最も軽い元素である水素の原子核同士が衝突してヘリウムへと変わります。この核融合反応によって莫大な熱エネルギーが生み出されます。超高温になったガスは外側へ膨らもうとする強い力(ガス圧)を生み出し、さらに核融合によって生じた強烈な光(電磁波)も物質を外側へ押し出す圧力(放射圧)として加わります。
このように、星を中心へ縮めようとする重力と、中心の高熱による圧力差が、星のあらゆる深さでつり合っている状態を、物理学では「静水圧平衡(せいすいあつへいこう)」と呼びます。夜空に輝く恒星は静かに静止しているように見えますが、その内部では内向きの重力と外向きの圧力が激しくせめぎ合い、精密な均衡を保っています。
核融合は、星が宇宙空間へ光や熱を放出してエネルギーを失いながらも、長い時間にわたって中心の温度と圧力を維持するために不可欠なエネルギー源です。ただし、ある核燃料が尽きたからといって、内部の圧力がその瞬間にゼロになるわけではありません。燃料が不足すると中心核は自重によってゆっくりと収縮し、その重力エネルギーによって中心部はかえって高温に加熱されます。また、のちほど説明するように、物質を極限まで押し込めたときに現れる量子力学的な圧力も存在します。
それでも、熱によって生じる圧力の源泉である核燃料には限りがあります。星が輝き続けているということは、自らを支える熱源を着実に消費していることに他なりません。そして中心核で利用できる燃料を使い果たしたとき、星はそれまでの静水圧平衡を維持できなくなり、最後の激変へと向かい始めます。
核燃料の変化から中心の崩壊へ:全ての星ではない
星が中心核の燃料を使い果たしたとき、すべての星がブラックホールになるわけではありません。どのような結末を迎えるかは、星の質量や内部構造によって大きく分かれます。
まず、私たちの太陽のように比較的軽い星(生まれたときの質量が大まかな目安として太陽の約8倍未満の星)の場合を見てみましょう。 中心部で水素が燃え尽きると、中心核は収縮して加熱され、その熱によって外層のガスが大きく膨らんで「赤色巨星」になります。中心部ではヘリウムが核融合を起こして炭素や酸素が作られますが、太陽程度の質量では、炭素をさらに燃やすほどの高温・高圧には達しません。やがて外層のガスは穏やかに宇宙空間へと放出され、色鮮やかな「惑星状星雲」となって広がっていきます。
そして中心には、炭素と酸素を主成分とする高密度の中心核が取り残されます。これが「白色矮星(はくしょくわいせい)」です。 白色矮星ではもはや核融合は起きていませんが、重力によって無限に潰れることはありません。物質を極限まで圧縮したときに現れる量子力学的な力、「電子の縮退圧(しゅくたいあつ)」が働くためです。
量子力学の基本原理(パウリの排他律)により、電子のような素粒子(フェルミ粒子)は、複数の粒子がまったく同じ量子状態を共有することができません。狭い空間に電子がぎゅうぎゅうに詰め込まれると、すべての電子が異なる運動量状態を占有せざるを得なくなります。その結果として外側へ押し返そうとする強い反発圧力が生じます。これが電子の縮退圧です。太陽程度の星の残骸は、この電子の縮退圧が重力とつり合うことで収縮を止め、地球ほどの大きさの安定した天体として余熱を放ちながら冷えていきます(白色矮星として安定して存在できる質量の限界は、計算上およそ太陽の1.4倍とされ、チャンドラセカール限界と呼ばれます)。
なお、太陽の約8倍から10倍程度の境界付近の星では、ネオンやマグネシウムの原子核が電子を捕獲することによって崩壊が引き起こされる「電子捕獲型超新星」など、特殊な進化経路をたどる場合もあります。
一方、生まれたときの質量が太陽の約8倍から10倍を超えるような大質量星では、運命は劇的に変化します。
大質量星は重力が極めて強いため、中心核はより高い温度と圧力に達し、核融合は炭素や酸素で止まりません。ネオン、酸素、ケイ素と、より重い元素が次々と核融合の燃料になっていきます。星の内部は、外側に軽い元素、中心に向かって重い元素が順に並ぶ、まるでタマネギのような多層構造を作ります。
そして最後に、星の中心部には「鉄(鉄56など)」を中心とする鉄族元素のコア(中心核)が形成されます。ここが核融合反応の終着点です。 原子核物理学において、鉄付近の原子核は核子(陽子と中性子)あたりの結合エネルギーが最も大きく、全元素の中で極めて強固に結びついています。鉄よりも軽い元素同士が融合するときは余剰なエネルギーが熱として放出されますが、鉄付近の原子核をさらに融合させて重い元素を作ろうとすると、逆に外部からエネルギーを吸収してしまいます(吸熱反応)。そのため、星は鉄の核融合から熱エネルギーを取り出すことができず、中心核を温めて圧力を補給する手段を恒久的に失います。
エネルギーを生み出せなくなった鉄の中心核は、周囲から降り積もる外層の重みに耐えかねて、自身の限界質量(チャンドラセカール限界近傍)に近づきながら温度と密度を急激に上げていきます。中心温度が数十億度に達すると、中心核の支えを急速に失わせる二つの決定的な物理過程が進行します。
一つは「鉄の光分解」です。中心核を満たす極めて高エネルギーの光(ガンマ線)が鉄の原子核を直接破壊し、ヘリウム原子核や中性子へと分解してしまいます。この吸熱反応によって、莫大なエネルギーが熱として奪われます。 もう一つは「電子捕獲」です。超高密度のもとで電子が原子核内部の陽子(および自由陽子)に取り込まれ、中性子へと変化してニュートリノを放出します。この反応によって中心核を支えていた自由電子の数が減少し、電子の縮退圧が大幅に低下します。
原子核の分解による熱エネルギーの消費と、電子捕獲による縮退圧の減少が重なることで、中心核は外向きの支えを急速に失い、自らの重力によって内側へ雪崩を打つように崩壊し始めます。これが「重力崩壊(コアコラプス)」です。中心核は秒速数万キロメートルという猛烈な速度で収縮していきます。
崩壊が進み、中心部の密度が原子核と同等の極限密度(1立方センチメートルあたり数億トン)に達すると、今度は中性子の縮退圧と、至近距離で強く働く核力(強い相互作用)による反発力が急速に立ち上がります。これにより崩壊に急ブレーキがかけられ、中心核の内側部分が硬い芯のように跳ね返ります。これを「コアバウンス」と呼びます。
この跳ね返りによって強力な衝撃波が発生し、外側へ向かって進み始めます。ただし、この衝撃波がそのまま星全体を吹き飛ばせるわけではありません。外側から落ち込んでくる重い物質を突き破る際、鉄の光分解などにエネルギーを奪われ、衝撃波は通常いったん勢いを失って停滞します(停滞衝撃波)。
ここで、生まれたばかりの中性子星から放出される膨大な量のニュートリノが衝撃波の背後にエネルギーを供給し、衝撃波を再活性化することに成功すれば、星の外層を一気に宇宙空間へ吹き飛ばす大爆発が起きます。これが「重力崩壊型超新星爆発」です。外層が吹き飛んだあとに残された中性子の芯は、半径十数キロメートルの極小・高密度天体「中性子星」として生き残ります。
しかし、すべての星が華々しく爆発できるわけではありません。ニュートリノによる加熱が足りずに衝撃波の再活性化に失敗した場合や、吹き飛びかけた外層のガスが重力に引き戻されて再び中心へと大量に落下(フォールバック)してきた場合、星は爆発できないか、あるいは弱い爆発にとどまり、中心核への物質の降着が続きます。
では、ブラックホールになるのはどのような場合でしょうか。 それは、中心核の質量があまりにも重く、中性子の縮退圧や核力をもってしても、自らの重力を支えきれなくなった場合です。
物理学において、冷たく自転していない中性子星が自分自身の重力に耐えられる質量の限界は「トルマン・オッペンハイマー・ヴォルコフ(TOV)限界」と呼ばれます。この上限値は、超高密度における物質の状態方程式(核物質の硬さ)に依存するため、理論的な見積もりには幅があり、確定した普遍的定数ではありませんが、一般におよそ太陽質量の2倍から3倍程度と考えられています。
崩壊した中心核の質量が中性子星として支えられる上限を超えた場合、あるいは超新星爆発後の激しいフォールバックによって中心核がその上限を超えた場合、既知の縮退圧だけでは安定した中性子星を維持できず、ブラックホール形成へ進みます。こうした過程では、目立つ超新星爆発を伴わずに静かに星が姿を消す「不発超新星」としてブラックホールが生まれる場合もあります。
ここで注意すべきなのは、「生まれたときの質量が太陽の何倍以上ならブラックホールになるか」という問いに対して、単純な一本の境界線を引くことはできないという点です。 一般的な解説書では「太陽の20倍以上」や「30倍以上」といった目安が挙げられることがありますが、現実の星の運命ははるかに複雑です。
星は一生の間に、恒星風によって自身のガスを宇宙空間へ吹き飛ばし、大きく質量を減らします。この質量放出の激しさは、星に含まれる重元素の割合(金属量)や星の自転速度、近くに伴星が存在してガスを剥ぎ取られる連星系かどうかによって大きく左右されます。 さらに、Sukhboldらが2016年に太陽に近い金属量の恒星と較正済みの一次元爆発モデルを用いて行った数値計算では、星が超新星爆発を起こして中性子星を残すか、爆発に失敗してブラックホールになるかは、初期質量だけでは単純に決まりませんでした。崩壊直前の中心核の密度構造(コンパクトネスなど)の違いにより、爆発しやすい領域とブラックホールになりやすい領域が、初期質量の並びの中で複雑に入り組む結果が得られています。これは特定の計算条件で得られた結果ですが、初期質量だけで星の運命を一律に決められないことを示す実例です。
このように、ブラックホールの誕生は、単に星が重いかどうかだけで決まるのではなく、星の生涯にわたる質量放出、連星相互作用、そして中心核の詳細な物理状態が複雑に絡み合った結果として起こるのです。
事象の地平面:黒い表面ではなく境界
中性子の反発力でも支えきれず、限界を超えて収縮した中心核は、その後どのような姿になるのでしょうか。
物質を中心へ引き寄せようとする重力は、天体の質量が同じであれば、天体の半径が小さくなるほど表面において急激に強くなります。表面の重力が強くなれば、そこから外の宇宙空間へ脱出するために必要な速度、すなわち「脱出速度」も増大します。
例えば、地球の表面から上空へ物体を打ち上げるとき、追加のエンジン推進や空気抵抗を考えないとすれば、地球の重力を振り切るには秒速約11.2キロメートル(第二宇宙速度)の初速度が必要です。これが太陽の表面になると、脱出速度は秒速約618キロメートルに達します。 もし、天体の質量を保ったまま大きさをぎゅっと押し縮めていくと、中心からの距離が近づくため、表面での脱出速度は跳ね上がっていきます。そして天体がある限界の小ささまで収縮したとき、ニュートン力学的な計算上の脱出速度は、宇宙の最高速度である「光の速度(秒速約30万キロメートル)」に達します。
ただし、脱出速度による説明は、あくまで直感的な理解を助けるための導入にすぎません。現実の光は、ニュートン力学の弾丸のように重力で減速して引き返してくるわけではないからです。 アルベルト・アインシュタインの「一般相対性理論」によれば、重力とは質量やエネルギーが時間と空間(時空)を歪めることによって生じます。極限まで物質が圧縮されると、時空の歪みがあまりにも激しくなり、その境界面の内側からは、光が進むことのできるすべての進路(光円錐)が中心の内側方向へと完全に傾いてしまいます。 光速を超えて移動できる物理的な信号や物質は存在しないため、この境界の内側からは、光を含めたあらゆる物質や情報が二度と外の世界へ脱出することができません。この「ここを越えたら外へ出る経路が一切存在しない時空の境界」のことを、物理学では「事象の地平面(イベント・ホライズン)」と呼びます。
よくある誤解の一つに、ブラックホールを「真っ黒で硬い岩石の球体」や「物質でできた黒い膜のような表面」だと思ってしまうことがあります。 しかし、事象の地平面は、空間に固体の壁や膜が存在している場所ではありません。局所的に見れば、そこには特別な物質的境界は何もなく、空間そのものが広がっています。もし仮に宇宙飛行士が事象の地平面を通過したとしても、壁に激突したり、膜を突き破ったりするような物理的な衝撃はありません。 事象の地平面とは、固い表面ではなく、「時空の幾何学的な性質によって引かれた、外へ向かう因果関係の一方通行の境界線」なのです。
自転しておらず電荷も持たない最も単純な球対称のブラックホール(シュワルツシルト解)の場合、この事象の地平面が形成される半径を「シュワルツシルト半径」と呼びます。ドイツの物理学者カール・シュワルツシルトが一般相対性理論の方程式から導き出したもので、その大きさは天体の質量に正比例します。
シュワルツシルト半径(r_s)は、重力定数 G、天体の質量 M、光速 c を用いて、r_s = \frac{2GM}{c^2} という式で表されます。 この式に基づいて計算すると、天体をブラックホールにするために必要な半径は次のようになります。 もし私たちの太陽(質量約 2.0 \times 10^{30} キログラム)をブラックホールに圧縮するとすれば、そのシュワルツシルト半径は約3キロメートル(直径約6キロメートル)になります。 地球(質量約 6.0 \times 10^{24} キログラム)であれば、シュワルツシルト半径は約9ミリメートル(直径約18ミリメートル)という極めて小さなサイズにまで押し縮めなければなりません。 恒星の死によって生まれる典型的な恒星質量ブラックホール(例えば太陽の10倍程度の質量)の場合、シュワルツシルト半径は約30キロメートル(直径約60キロメートル)になります。もともと何百万キロメートルもの大きさを持っていた巨大な恒星の中心核が、直径数十キロメートルという極めて狭い領域の内側へと収縮した瞬間に、この事象の地平面が宇宙に出現するのです。

上の図は、巨大な恒星が収縮してブラックホールへと至る前後の状態の比較と、事象の地平面付近における光の軌道の振る舞いを模式的に示したものです。 崩壊前の星では、星の半径がシュワルツシルト半径よりもはるかに大きいため、星の表面から放たれた光は遮るものがなければ外の宇宙空間へと自由に飛び去ることができます。 しかし、物質全体がシュワルツシルト半径の内側へと収縮すると、その周囲に球状の事象の地平面が形成されます。 事象の地平面から十分に離れた場所を通過する光線は、ブラックホールの重力場によって時空が曲げられているため、進路を大きく曲げられながらも(重力レンズ効果)、遠くの宇宙へと飛び去ることができます。しかし、地平面に近づきすぎた光線は強く内側へと巻き込まれます。そして、ひとたび事象の地平面の内側へと足を踏み入れた光は、外へ向かう経路が存在しないため、もはや二度と外の世界へ戻ることはできず、中心へと不可逆的に進んでいきます。
なお、事象の地平面に近づく物体に働く力として「潮汐力(ちょうせきりょく)」があります。天体の中心に近い側と遠い側とで重力の強さが異なるために生じる引き伸ばしの力です。 「地平面を通過するときは強烈な潮汐力で身体が素粒子レベルまで引き裂かれる」と説明されることがありますが、地平面付近における潮汐力の強さはブラックホールの質量によって大きく異なります。 太陽の数倍から十数倍程度の恒星質量ブラックホールでは、地平面の半径が数十キロメートルと小さいため、地平面付近での重力の傾き(潮汐力)は凄まじく、人間や探査機は地平面に到達するはるか手前で引き伸ばされて破壊されてしまいます。しかし、のちほど説明する太陽の数百万倍から数十億倍もある超大質量ブラックホールでは、事象の地平面の半径が数億キロメートル以上に達するため、地平面付近での潮汐力は非常に穏やかであり、観測者が破壊的な力を感じることなく地平面を通過することも理論上可能です。
非回転・無電荷の理想的なブラックホールでは、地平面の内側から外へ戻る未来向きの経路はありません。光や物質は外部へ情報を届けられず、古典的な一般相対性理論では中心方向へ進みます。実際のブラックホールは自転している可能性が高く、内部の詳しい構造には未解明の点がありますが、地平面の内側から外へ信号を送れないという性質は変わりません。
では、事象の地平面のさらに奥深く、ブラックホールの「中心」はどうなっているのでしょうか。
アインシュタインの古典的な一般相対性理論の方程式を球対称な星の崩壊にそのまま適用すると、すべての物質は体積ゼロの1点へと圧縮され、密度と時空の曲率が無限大になる「重力の特異点(シンギュラリティ)」が生じるという数学的帰結が得られます。 しかし、現代の天文学や物理学において、特異点は「観測によって確かめられた事実」ではありません。
物理学の理論計算において「無限大」という値が現れるとき、それは自然界に本当に無限大の物理量が存在することを示しているのではなく、「その理論の適用限界を超えている」という警告を意味するのが一般的です。 極めて狭いミクロな世界を記述するには「量子力学」が必要であり、巨大な重力や時空の歪みを記述するには「一般相対性理論」が必要です。しかし、中心付近の超ミクロかつ超強重力の環境を正しく記述するための完全な理論(量子重力理論)は、現代の物理学においてまだ完成していません。 したがって、「ブラックホールの中心には無限小の1点が存在する」と断定することは科学的に不正確であり、現代物理学の厳密な立場としては、「事象の地平面に覆われた最深部で物質がどのような極限状態にあるかは、まだ完全には解明されていない未解決の課題である」と理解するのが正確です。
巨大ブラックホールの種:恒星由来と分ける
ここまで見てきたのは、ひとつの重い恒星が一生を終えて自重で潰れることによって生まれるブラックホールについてでした。こうしたブラックホールは、天文学では「恒星質量ブラックホール」と呼ばれます。その質量は、典型的には太陽の数倍から数十倍程度であり、重力波観測などで知られる合体後の天体を含めても太陽の数十倍から百倍前後の範囲に見られます。
重力波望遠鏡(LIGO、Virgo、KAGRA)の観測により、こうした恒星質量ブラックホールが互いに引き合って合体し、より重いブラックホールへと成長する瞬間が実際に捉えられています。2015年に人類史上初めて重力波が直接検出された事象(GW150914)では、太陽の約36倍と約29倍の連星ブラックホールが激しく合体し、太陽の約62倍のブラックホールが誕生したことが確認されました(差分の約3太陽質量分のエネルギーは、一瞬のうちに重力波として宇宙空間へ放出されました)。この観測は、ブラックホール同士の衝突・合体が、天体を成長させる確固たる道筋の一つであることを証明しました。
しかし、宇宙に存在するブラックホールは、恒星の死やその合体から生まれたものだけではありません。 多くの銀河の中心には、太陽の数十万倍から数十億倍、ときには百億倍を超えるというとてつもない質量を持つ天体が存在しています。これが「超大質量ブラックホール(巨大ブラックホール)」です。 例えば、私たちの天の川銀河の中心にある「いて座A*(エースター)」は太陽の約400万倍の質量を持っています。また、2019年にイベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)によって史上初めてその影(ブラックホールシャドウ)が撮影されたM87銀河の中心ブラックホールは、太陽の約65億倍という莫大な質量を誇ります。
ここで、現代の天文学者を悩ませている大きな謎が生じます。 「これほど巨大なブラックホールは、宇宙の歴史の中でどうやって生まれたのか」という問いです。
直感的には、「最初の恒星が死んで生まれた恒星質量ブラックホールが、周囲のガスを長い時間をかけて吸い込み続けたり、合体を繰り返したりして、次第に数十億倍へと巨大化していったのではないか」と考えたくなるかもしれません。 しかし、そこには物理的な成長速度の限界と時間の制約という高い壁が存在します。
ブラックホールが周囲のガスを吸い込むとき、ガスは中心に向かってまっすぐ落ちるのではなく、角運動量を持っているためブラックホールの周りを猛烈な速度で渦を巻き、「降着円盤(こうちゃくえんばん)」と呼ばれる超高温のガス円盤を作ります。この円盤は激しい摩擦によって超高温に加熱され、強烈な光(電磁波)を放ちます。 光には物質を外側へ押し出す圧力(放射圧)があります。ブラックホールがガスをあまりにも急激に吸い込もうとすると、降着円盤から放たれる強烈な放射圧が、外側から落ちてくるガスを押し返して吹き飛ばしてしまい、ガスの吸い込みを阻害してしまいます。 この内向きの重力と外向きの放射圧がつり合う条件から決まる、天体が安定して光りながら物質を降着させられる限界の明るさを「エディントン限界(エディントン光度)」と呼びます。
このエディントン限界に近い速度で連続的にガスを吸い込んで成長する場合(放射効率を約10%と仮定すると)、ブラックホールの質量が増加するペースには特徴的な時間スケール(サルピーター時間、約4,500万年)が存在します。計算上、太陽の約100倍の種ブラックホールが、エディントン限界近くの降着を途切れることなく維持し続けたとしても、太陽の10億倍に達するまでにはおよそ8億年(約7億年から8億年)の歳月が必要です(Inayoshiらによる2020年の総説など)。
ところが、初期宇宙の観測が進むにつれ、宇宙誕生からわずか数億年から十数億年しか経っていない時代(赤方偏移 z > 6 の宇宙初期)に、すでに太陽の十億倍を超える超大質量ブラックホールが明るいクエーサーとしていくつも存在していたことが明らかになってきました。 種ブラックホールが生まれ、それが周囲のガスを吸い尽くすことなく、超新星爆発によるガスの飛散や休止期間を挟まずに、宇宙初期の限られた時間内にこれほど巨大化することは、通常の恒星由来の小さな種と標準的な降着モデルだけでは説明が非常に困難です(なお、円盤内部に放射を閉じ込める厚いガス流などによってエディントン限界を大幅に超える速度で質量を吸い込む「超エディントン降着」の可能性も活発に研究されていますが、その成立条件にはまだ議論があります)。
この謎を解くため、現代天文学では、巨大ブラックホールの起源として、複数の競合する「種(シード)ブラックホール」の形成モデルが研究されています。
- 初代星(ファーストスター)に由来する「軽い種」モデル
宇宙で最初に生まれた恒星(種族IIIの星)は、重元素を含まない原始ガスから誕生したため、冷却効率の違いから現代の星よりも重い星(数十から数百太陽質量など)になりやすかったと考えられています。そうした初代星が崩壊してできた太陽の数十倍から数百倍のブラックホールを「軽い種」とし、それが効率的なガス降着や合体を経て成長したとするシナリオです。ただし、この軽い種から初期宇宙の短期間で超大質量にまで太るためには、途切れないガス供給や一時的な超エディントン降着など、特別な成長条件が必要とされます。
- 直接崩壊(ダイレクト・コラプス)による「重い種」モデル
初期宇宙に存在した巨大な原始ガス雲が、個々の小さな星へと分裂することを抑えられたまま、中心へ崩壊したとするシナリオです。近隣の銀河から届く紫外線などが水素分子による冷却を妨げると、ガスが小さな塊へ分かれにくくなる場合があります。この過程から太陽の数万倍から数十万倍ほどの「重い種」ができるモデルや、途中で超大質量星を経るモデルが研究されています。重い種なら十億太陽質量までに必要な成長量を減らせますが、強い紫外線や急速なガス流入などの成立条件が必要であり、唯一の確定した経路ではありません。
- 高密度星団での暴走合体モデル
初期宇宙の極めて星が密集した星団の中心で、巨大な恒星同士やブラックホール同士が激しく衝突・合体を繰り返し、太陽の数百倍から数千倍の中間質量ブラックホールが形成され、それが巨大化の種になったというシナリオです。
このように、ブラックホールの誕生をたどる探求は、ひとつの大質量星が自重で潰れる恒星物理学の領域から、宇宙の始まり、初代星の形成、原始ガスの収縮、そして銀河の形成史へとつながる宇宙論のフロンティアへと広がっています。
ブラックホールは、何もない宇宙に突然開く穴ではありません。恒星質量ブラックホールの多くは大質量星の重力崩壊から生まれます。巨大ブラックホールについては、軽い種や重い種の形成、ガス降着、合体など複数の経路が研究中です。いずれも重力と物質の進化によって生まれる天体であり、その成長は銀河の歴史とも深く関わっています。
出典・参考資料
- NASA · What Are Black Holes?(https://www.nasa.gov/universe/what-are-black-holes/)
- Janka, H.-T. (2012) · Explosion Mechanisms of Core-Collapse Supernovae, *Annual Review of Nuclear and Particle Science*, 62, 407–451.(DOI: 10.1146/annurev-nucl-102711-094901)
- Sukhbold, T., Ertl, T., Woosley, S. E., Brown, J. M., & Janka, H.-T. (2016) · Core-Collapse Supernovae from 9 to 120 Solar Masses Based on Neutrino-powered Explosions, *The Astrophysical Journal*, 821, 38.(DOI: 10.3847/0004-637X/821/1/38)
- Abbott, B. P. et al. (LIGO Scientific Collaboration and Virgo Collaboration) (2016) · Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger, *Physical Review Letters*, 116, 061102.(DOI: 10.1103/PhysRevLett.116.061102)
- The Event Horizon Telescope Collaboration (2019) · First M87 Event Horizon Telescope Results. I. The Shadow of the Supermassive Black Hole, *The Astrophysical Journal Letters*, 875, L1.(DOI: 10.3847/2041-8213/ab0ec7)
- Inayoshi, K., Visbal, E., & Haiman, Z. (2020) · The Assembly of the First Massive Black Holes, *Annual Review of Astronomy and Astrophysics*, 58, 27–97.(DOI: 10.1146/annurev-astro-120419-014455)
- NASA · Black Hole Anatomy(https://science.nasa.gov/universe/black-holes/anatomy/)
