冒頭の答え:最初の星の誕生が闇を破り、光が長い時間をかけて周囲の水素を電離させた
誕生から約138億年が経過した現在の宇宙には、無数の銀河が輝き、夜空には星々が満ちています。しかし、宇宙の歴史の初期には、恒星も銀河もまだ存在しない、天体の光がない時代が長く続きました。天文学ではこの時代を「宇宙の暗黒時代(Dark Ages)」と呼びます。
この暗黒時代を終わらせたのは、重力によって原始のガスが集まり、自ら光を放ち始めた「最初の星(初代星・ファーストスター)」と、それらが集まって形成された「初期の銀河」です。
ここで極めて重要なのは、「暗黒時代の終わり」と、その後に続く「宇宙の再電離(Cosmic Reionization)」という二つの段階を明確に区別して理解することです。
暗黒時代の宇宙空間には、電気的に中性な水素原子(中性水素)の冷たいガスが広がっていました。最初の星々が核融合を始めて点灯した瞬間、その場所に宇宙最初の新しい光が灯り、暗黒時代は終わりを告げました。天文学ではこの転換点を「宇宙の夜明け(Cosmic Dawn)」とも呼びます。
しかし、最初の星が生まれた瞬間に、部屋の照明スイッチを入れたように宇宙全体が一斉に明るくなったわけではありません。星々が誕生した場所は、広大な宇宙全体から見ればごくわずかな点に過ぎませんでした。
誕生した星や銀河が放つ高エネルギーの紫外線は、周囲を満たす中性水素原子から電子を弾き飛ばし、原子を解体して「電離」させていきました。これにより、個々の星や銀河の周囲に局所的な「電離領域(電離バブル)」が生まれました。この泡のような領域が、数億年という長い歳月をかけて宇宙全体へと広がり、互いにつながり合って銀河間のガスを電離プラズマへと変えていきました。
この数億年に及ぶガスの大変化が「宇宙の再電離」です。つまり、最初の星の誕生によって「暗黒時代が終わり」、その光の積み重ねによって「宇宙の再電離が進んだ」という時間的な関係になっています。
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暗黒時代とは何か:宇宙が透明になったのに、なぜ星がなかったのか
宇宙の晴れ上がり:最初の透明化と中性化
暗黒時代を正しく理解するためには、その直前に起きた「宇宙の晴れ上がり」という大事件に立ち返る必要があります。
ビッグバン直後の初期宇宙は、超高温・超高密度の状態でした。エネルギーがあまりに高かったため、原子核(陽子)と電子は互いに結合できず、バラバラに飛び交う「電離プラズマ」の状態にありました。
このプラズマ状態の空間では、光(光子)は自由に直進できません。空間を満たす無数の自由電子に衝突し、あらゆる方向へと激しく散乱(トムソン散乱)されてしまうためです。当時の宇宙は、濃い霧が立ち込めた空間のように、見通しの利かない不透明な世界でした。
転機が訪れたのは、ビッグバンから約38万年後です。宇宙が膨張するにつれて温度が約3,000ケルビン(摂氏約2,700度)まで低下すると、飛び交っていた陽子と電子の熱運動が穏やかになり、電気的な引力によって結合できるようになりました。こうして、電気的に中性な「中性水素原子」が大量に形成されました(水素の再結合・中性化)。
光を頻繁に散乱させていた自由電子の密度が大幅に減少したことで、光が他の粒子に邪魔されずに直進できる距離(平均自由行程)が劇的に伸びました。これが「宇宙の晴れ上がり」です。このときに解き放たれ、宇宙の膨張とともに約138億年後の現在の地球にまで届いている光が、現代の天文学で観測されている「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」です。
「暗黒」の正体:恒星などの新しい光源がまだ存在しない時代
ここで、「晴れ上がりによって宇宙が透明になったのであれば、なぜその後に暗黒時代がやってくるのか」という疑問が浮かびます。
その理由は、「宇宙が光を遮らないこと(透明であること)」と「宇宙に光源が存在すること」が全く別の事象だからです。
晴れ上がりの瞬間に宇宙を満たしていた強烈な光(CMB)は、宇宙の膨張に伴って波長が大きく引き伸ばされていきました(赤方偏移)。最初は可視光の赤色の領域にあった放射も、波長が伸びるにつれて赤外線へと移り変わり、やがて目に見えない電波(マイクロ波)の領域へと沈んでいきました。
そして決定的な事実は、当時の宇宙には、自ら光を放つ天体がまだ何一つ存在しなかったということです。太陽のような恒星も、夜空を彩る銀河も、まだ形成されていませんでした。なお、後世の宇宙で強烈な光を放つ活動銀河核(クエーサー)も、中心のブラックホールそのものが重力で発光しているわけではなく、その周囲に落ち込むガス(降着円盤)が超高温に加熱されて光を放つ仕組みですが、そうした活動的な天体もこの時代にはまだありませんでした。
ただし、ここでいう「暗黒」とは、空間に電磁波が文字通り一切存在しなかったという意味ではありません。全天には波長が引き伸ばされたCMBが満ちていました。しかし、人間の目に見える可視光を放つ恒星や銀河のような「新しい自発光の天体」が存在しなかったという意味で、天文学ではこの時代を「暗黒時代」と呼んでいます。
また、宇宙空間を満たしていた中性水素ガスも、可視光を一律に遮る黒い霧のようなものではありませんでした。中性水素は特定の共鳴波長(紫外線領域のライマン系列など)や高エネルギーの光を強く吸収しますが、可視光の多くの波長に対しては透明です。つまり、空間は見通せる状態であったにもかかわらず、そこを照らし出す恒星が存在しなかったために、暗闇が広がっていたのです。
静かなる胎動:暗黒物質が作った重力の足場
暗黒時代は、ただ静止した虚無の時間だったわけではありません。目に見える星の光こそありませんでしたが、その後の宇宙の姿を決定づける重要な構造形成が水面下で着実に進行していました。
初期宇宙の物質分布は一見すると均一でしたが、完全に一様だったわけではなく、場所によってごくわずかな密度の「ムラ(密度揺らぎ)」が存在していました。晴れ上がりの後、このわずかに密度の高い場所に、重力によって周囲の物質が集まり始めました。
標準的な宇宙論モデル(冷たい暗黒物質=CDMモデル)において、ここで主役を務めたのが「暗黒物質(ダークマター)」です。
ダークマターは、通常の物質(水素やヘリウムなどの原子)のように光を放出したり吸収したりしないと考えられており、宇宙のガスの温度や圧力に関わらず、自らの重力によっていち早く集まることができました。ダークマターが集まることで、宇宙の各所に「ダークマターハロー」と呼ばれる目に見えない重力の井戸が形成されていきました。
重力の井戸が深くなるにつれて、冷たい中性水素やヘリウムのガスもその中心へと引き寄せられ、徐々に密度を高めていきました。暗黒時代とは、宇宙が活動を停止していた時代ではなく、最初の星や銀河が産声を上げるための物質が重力によって蓄積されていた準備期間だったのです。
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最初の光源:何が中性水素の宇宙を変えたのか
初代星(ファーストスター)の形成と性質の推定
暗黒時代に終止符を打った最初の出来事は、宇宙で最初に生まれた恒星、すなわち「初代星(ファーストスター、あるいは種族III星)」の点火です。
ダークマターハローの中心に集まった水素とヘリウムのガスのかたまりは、自らの重力で収縮を続け、中心部の温度と圧力が限界まで高まったところで熱核融合反応を開始しました。
初代星には、現在の私たちが目にする星(太陽など)とは大きく異なる特徴がありました。現在の宇宙に存在する星の材料には、過去の星々が内部で合成して宇宙空間に放出した炭素、酸素、窒素、鉄といった重い元素(天文学では水素とヘリウム以外のすべての元素を「金属」と総称します)が含まれています。しかし、初代星が生まれた時代のガスはビッグバンで作られた水素とヘリウムが大部分を占め、金属元素をほとんど含んでいませんでした。
金属元素やそれらから作られる微細な塵(ダスト)は、星の材料となるガスから熱を放射によって奪い、効率よく冷やす働きを持っています。ガスが効率よく冷えると、ガスのかたまりは細かく分裂し、太陽のような比較的小さな星が多数生まれやすくなります。しかし、金属がほとんど存在しなかった原始ガスではその冷却機構が働かず、水素分子による微弱な冷却に頼るしかありませんでした。
そのため、理論モデルやシミュレーション研究では、ガスのかたまりが大きくまとまったまま収縮し、太陽の数十倍から百倍以上という大質量の星が多く誕生した可能性が有力視されています(ただし、初代星の質量分布の全容は観測的に直接確定したわけではなく、現在も理論・観測の両面で活発な探求が続けられています)。
大質量の星は中心部の熱核融合が極めて激しく進むため、表面温度が数万度以上の超高温に達します。そのため、初代星は青白く激しく輝き、可視光だけでなく、莫大な量の高エネルギー紫外線(波長91.2ナノメートル以下の極端紫外線)を周囲の空間へと放射しました。この強烈な紫外線こそが、暗黒時代を終わらせた最初の光となったのです。
初代星の寿命は質量が大きいほど短く、数百万年程度で燃料を使い果たしたと考えられます。その最後については、激しい超新星爆発を起こして内部で合成された重元素を周囲に撒き散らす経路だけでなく、外層を吹き飛ばすことなく直接ブラックホールへと重力崩壊する経路など、星の質量や自転に応じた多様な運命が議論されています。超新星爆発などによって重元素が混ざったガスからは、冷却が容易になることでより小さな星々が多数生まれ、それらが重力で集まることで初期の小さな銀河が形成されていきました。
矮小銀河の役割とJWSTによる最新の観測成果
天文学において長年にわたり最大の論争の一つとなっていたのが、「暗黒時代を終わらせた後、広大な宇宙を満たす膨大な水素ガスを電離し続けた主要な光源は何か」という問題です。
候補としては主に次の3つが挙げられていました。
- ひときわ明るい「大質量銀河」
- 中心ブラックホールの周囲から莫大な光を放つ「活動銀河核(クエーサー)」
- 規模は小さいものの数が圧倒的に多い「矮小銀河(dwarf galaxies)」
この問題に対して大きな前進をもたらしたのが、NASAのジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)による観測です。天然の宇宙の拡大鏡である「重力レンズ効果」を利用し、巨大銀河団(Abell 2744)の背後にある初期宇宙(赤方偏移 z \approx 6 \sim 7.7)の極めて暗い矮小銀河8個のスペクトルを精密に調べた研究(Atek et al. 2024)が発表されました。
この研究の重要な知見は、これらの超微光矮小銀河が、その小さな質量に対して極めて活発に星を形成しており、電離紫外線の生成効率が非常に高いという点です。そして、こうした矮小銀河が初期宇宙に無数に存在し、銀河内で生成された電離光子のうち約5%程度が星間ガスを突き破って銀河外へ漏れ出すことができる(脱出率 f_{\mathrm{esc}} \sim 5\%)と仮定すれば、宇宙の再電離を維持するのに十分な光子を供給しうることが示されました。
ただし、この結論には重要な前提と条件があります。この解析は特定の8個の銀河標本に基づくものであり、電離光子の脱出率が全宇宙の矮小銀河で実際に平均5%程度であるかどうかは、銀河内部のガスの分布や活動性に左右される不確実な要素です。また、この研究は大質量銀河やクエーサーの寄与を完全にゼロと証明したわけではありません。それでも、観測が難しかった極めて暗い矮小銀河の集団が、再電離の原動力として十分に大きな役割を果たしうることを観測データから具体的に示した点で、極めて重要な成果と位置づけられています。
なぜ「再」電離と呼ばれるのか:原子の解体とエネルギーの条件
ここで、天文学でなぜ単なる「電離」ではなく「再電離」と呼ぶのか、その物理的な仕組みを整理しておきましょう。
中性水素原子は、中心にある1つの陽子(正の電荷)と、その周りにある1つの電子(負の電荷)が電気的な引力で結びついてできています。この電子を陽子の束縛から完全に引き離し、自由な粒子として空間に解放することを「電離」と呼びます。
基底状態(最もエネルギーが低い安定した状態)にある水素原子を電離するためには、外部から13.6電子ボルト(eV)以上のエネルギーを与えなければなりません。光子のエネルギーは波長に反比例するため、これを光の波長に換算すると、約91.2ナノメートル以下の高エネルギー紫外線(極端紫外線、ライマン連続光)に相当します。
初期の初代星や初期銀河から放たれた波長91.2ナノメートル以下の紫外線光子が中性水素原子に衝突すると、光電効果によって電子が原子核から弾き飛ばされます。その結果、中性水素原子は解体され、正の電荷を持つ陽子(水素イオン)と、負の電荷を持つ自由電子からなる電離プラズマへと戻ります。
宇宙の歴史を時間軸に沿って物質の状態で追うと、次の3段階になります。
- 初期宇宙(ビッグバン〜約38万年後):超高温のため、物質は「電離プラズマ」だった。
- 宇宙の晴れ上がり(約38万年後):宇宙が冷え、陽子と電子が結合して「中性水素原子」になった(中性化・再結合)。
- 宇宙の再電離(数億年〜約10億年後):星や銀河が放つ光によって、中性水素が「再び電離プラズマ」になった。
一度電離していたものが中性原子となり、それが星の光によって「再び」電離されたからこそ、このプロセスは「宇宙の再電離」と呼ばれるのです。
なお、中性水素原子の電子が基底状態(エネルギー準位 n=1)から第1励起状態(n=2)へ励起される際に吸収される光は「ライマンα線」と呼ばれ、そのエネルギーは約10.2 eV、波長は約121.6ナノメートルです。電子を完全に解放する電離(13.6 eV以上、91.2ナノメートル以下)と、準位間を遷移させるライマンα線の吸収(10.2 eV、121.6ナノメートル)は、物理的に異なる現象である点にも注意が必要です。
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泡が広がってつながる:再電離の進み方と宇宙の環境
電離バブルの発生と成長
星や銀河が光を放ち始めたとき、宇宙の電離はどのように空間を満たしていったのでしょうか。
天文学において、均一なガスの中に孤立した単一の高温星が存在する場合、その周囲に形成される球状の電離領域は、理論物理学者ベングト・ストロムグレンにちなんで「ストロムグレン球」と呼ばれます。これは静的な環境下で、星からの電離光子の放出率と、領域内で起きる再結合の率がつり合った理想モデルです。
しかし、実際の宇宙の再電離は、単一の星による静的なストロムグレン球とは異なり、はるかに動的で複雑なプロセスでした。多数の銀河が集まり、銀河の星形成活動は時間とともに変化し、ガスの密度も場所によって大きく異なり、さらに宇宙全体が膨張していたからです。
初期の銀河が誕生すると、その周囲の中性ガスが電離され、局所的な電離領域が形成されます。この領域はしばしば「電離バブル」と呼ばれます。電離バブルの内側は水素が電離されて見通しの良くなったプラズマ空間であり、その外側には依然として冷たい中性水素ガスが広がっています。
ここで重要な誤解を防いでおく必要があります。電離バブルとは、「ガスが存在しない真空の穴」や「大爆発で物質が吹き飛ばされた空洞」ではありません。バブルの内側にも外側にも水素やヘリウムのガスは存在しており、異なっているのは「原子核と電子が結びついた中性状態にあるか、解体された電離プラズマ状態にあるか」というガスの電離状態です。

図の読み方と電離領域の結合プロセス
上の模式図は、中性水素が広がる初期宇宙の中で、星や銀河の周囲に生まれた電離領域がどのように拡大し、やがて宇宙全体で結合していくかという空間的な進化の概念を示しています。
この図を読み解く際には、表現上の前提に注意する必要があります。図に用いられている明暗や色は電離状態(中性領域と電離領域)を分かりやすく区別するための模式的な表現であり、実際の可視光の明るさや、特定の波長における宇宙の暗さを示すものではありません。また、外側の中性水素領域も、あらゆる光を遮断する黒い壁ではなく、電離紫外線以外の波長の光は透過させます。描かれている泡の球形や間隔、時間の刻みも、概念を伝えるための理想化された模式図です。
図から読み取れる再電離の進化は、大きく次の段階に分けることができます。
- 孤立期(泡の発生):初期の星や矮小銀河の周囲にごく小さな電離バブルが点在する段階。宇宙の体積の大部分は依然として中性水素が占めています。
- 拡大期(泡の成長):銀河の星形成が続き、紫外線が供給され続けることで、個々の電離バブルが外側へと膨張していく段階。
- 結合期(パーコレーション・泡の合体):膨張した隣り合うバブル同士が衝突し、網の目のようにつながり始める段階。
- 完了期(銀河間水素の電離完了):合体した電離領域が宇宙の大部分を覆い尽くし、銀河間空間の低密度な水素ガスがほぼ完全に電離プラズマへと置き換わった段階。
ただし、再電離が「完了」したと言っても、宇宙から中性水素が文字通り1個残らず消え去ったわけではありません。銀河の内部や、ガスが高密度に密集したクランプ(雲)の中では、外側のガスが光を吸収して遮る自己遮蔽効果によって外部からの電離紫外線が奥深くまで届かないため、再電離完了後も中性水素ガスが安定して残存しています。完了とは、「銀河と銀河の間に広がる希薄なガス(銀河間物質)の大部分が電離された状態」を指しています。
電離と再結合のせめぎ合い、宇宙膨張の役割
再電離は、光が一方的に空間を塗りつぶしていくだけの単純なプロセスではありませんでした。そこには常に「電離」と「再結合」のせめぎ合いが存在していました。
紫外線によって引き離された陽子と電子は、空間を漂う中で互いに接近すると、電気的な引力によって再び結合し、中性水素原子へと戻ろうとします。これを「再結合」と呼びます。
再結合の進む速度は、ガスの密度と温度に強く依存します。特に高密度な領域では陽子と電子が出会う頻度が高くなるため、低密度な領域に比べて再結合がはるかに活発に起こります。もし星々からの紫外線光子の供給が弱まったり途絶えたりすれば、ガスは再び中性化へと向かいます。
したがって、電離領域を維持し、さらに外側へと押し広げていくためには、空間内で起きる再結合のペースを上回る量の電離光子を、星や銀河が絶え間なく供給し続けなければなりませんでした。
このせめぎ合いにおいて、宇宙の膨張は重要な役割を果たしました。宇宙が膨張すると体積が増大するため、水素ガスの平均密度は時間とともに減少していきます。平均密度が下がるほど粒子同士の衝突頻度が落ちるため、巨視的には再結合が起きにくくなります。
ただし、初期宇宙のガス密度は一様ではなく、局所的に高密度な領域が存在していたため、再電離は単純に不可逆な一方通行として進んだのではなく、光源の星形成活動と、局所的な密度のムラに応じた再結合の収支によってその進行速度が決定されました。
再電離の時期:赤方偏移と年代の目安
再電離は、具体的に宇宙の歴史のいつ頃始まり、いつ頃完了したのでしょうか。天文学では、このタイムスケールを「赤方偏移(記号 z)」と「ビッグバンからの経過時間(宇宙年齢)」で記述します。
赤方偏移とは、遠方の天体から放たれた光が、宇宙膨張によって波長がどれだけ引き伸ばされたかを示す尺度です。赤方偏移の値が大きいほど、より遠く、より古い宇宙の時代であることを示します。
プランク衛星などの観測に基づく標準的な平坦ΛCDM宇宙モデルのパラメータ(ハッブル定数 H_0 \approx 67.4\ \text{km/s/Mpc}、物質密度パラメータ \Omega_{\mathrm{m}} \approx 0.315)を用いて計算した、赤方偏移と宇宙年齢の大まかな対応は以下の通りです。
- 赤方偏移 z \approx 20:ビッグバン後約1.8億年
- 赤方偏移 z \approx 15:ビッグバン後約2.7億年
- 赤方偏移 z \approx 9:ビッグバン後約5.4億年
- 赤方偏移 z \approx 7:ビッグバン後約7.6億年
- 赤方偏移 z \approx 6:ビッグバン後約9.3億年
- 赤方偏移 z \approx 5.5:ビッグバン後約10.4億年
これらの数値をもとに、現在の天文学が描く再電離のタイムスケジュールはおおむね次のようになります。
- 再電離の始まり(赤方偏移 $z \sim 15 \sim 20$ 付近、ビッグバン後約2億〜3億年頃):
ダークマターハローの中で最初の世代の星(初代星)が誕生し、周囲に局所的な電離バブルを作り始めました。暗黒時代に最初の光が差した時期ですが、最初の星の形成時期には観測上の不確かさがあり、現在も探求が続いています。
- 再電離の中間点(赤方偏移 $z \sim 7 \sim 8$ 付近、ビッグバン後約7億〜8億年頃):
矮小銀河をはじめとする初期銀河の形成が進み、電離バブルが成長・合体していきました。プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射の偏光観測では、電離の進み方に特定のモデル(tanh型の推移など)を仮定した場合の中間点赤方偏移として z_{\mathrm{re}} \approx 7.7 付近という値が得られています。これは特定の関数形を前提としたモデル推定値です。
- 再電離の完了(赤方偏移 $z \sim 5.5 \sim 6$ 付近、ビッグバン後約10億年頃):
銀河間空間の大部分の中性水素が電離され、宇宙の透過性が高まりました。この時期をもって、宇宙の再電離プロセスは完了を迎えたと考えられています。
このように、暗黒時代を終わらせた変革は、一瞬の出来事ではなく、数億年という長い時間をかけてじっくりと進んだ空間的なプロセスだったのです。
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何を手掛かりに調べるのか:遠方天体の光と観測の最前線
130億年以上も昔に起きたこのかすかな変化を、現代の天文学者たちはどのようにして突き止めているのでしょうか。初期宇宙を直接訪れることはできませんが、宇宙から届く様々な光を手掛かりに、当時の現場を精密に復元する観測手法が存在します。
遠方クエーサーの吸収スペクトル:ガン・ピーターソン効果の意義と限界
再電離の完了時期を絞り込むうえで極めて重要な役割を果たしてきたのが、遠方にある「クエーサー」の観測です。
クエーサーとは、銀河の中心にある超大質量ブラックホールに周囲のガスが猛烈な勢いで落ち込む際、摩擦熱によって銀河全体をはるかに凌駕する光を放つ天体です。その圧倒的な明るさのおかげで、130億光年以上彼方にあっても地球の望遠鏡でスペクトルを観測することができます。
はるか彼方のクエーサーから放たれた光は、地球に届くまでの長い旅路の中で、途中に存在する銀河間空間のガスを突き抜けてきます。このとき、光の通り道に中性水素原子が存在すると、中性水素は波長121.6ナノメートルの紫外線(ライマンα線)を共鳴吸収します。
地球に届く光は宇宙膨張によって波長が伸び続けるため、光が途中で中性水素に出会った場所(赤方偏移)ごとに、異なる観測波長の位置に吸収線が刻まれます。その結果、クエーサーのスペクトルには、無数の細い吸収線が櫛の歯のように並ぶ「ライマンαの森」と呼ばれるパターンが現れます。
もし光の通り道にある銀河間空間に中性水素が一定以上存在すると、中性水素による吸収が重なり合い、ライマンα線より短い波長の光が完全に遮断されてスペクトルがゼロ(真っ暗)になります。この現象を、理論的に予測した天文学者たちの名を取って「ガン・ピーターソン効果(Gunn-Peterson effect)」、遮断された平坦な吸収帯を「ガン・ピーターソン・トラフ」と呼びます。
大型望遠鏡による遠方クエーサーの観測から、赤方偏移 z \gtrsim 6(ビッグバン後約9億〜10億年)を超えるクエーサーのスペクトルに、この完全な吸収トラフが現れることが確認されました。
ただし、この観測結果の解釈には物理的な注意が必要です。中性水素原子のライマンα吸収の断面積は非常に大きいため、銀河間空間の水素のうち中性原子の割合がわずか約1万分の1($10^{-4}$ 程度)存在するだけでも、ガン・ピーターソン吸収は強く飽和し、透過光はほぼ完全にゼロになってしまいます。
したがって、クエーサーのスペクトルにトラフが見られることは、「その時代に銀河間空間に中性水素が確実に存在していたこと」を示す強力な証拠にはなりますが、それ単独で「宇宙全体が100%中性だった」ことや、「z=6 が再電離の厳密な完了点である」と確定することはできません。中性割合が1万分の1なのか、それとも半分が中性なのかを区別するためには、他の観測手段と組み合わせる必要があります。
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光:電子の光学的深さによる制約
クエーサーが視線方向の局所的な中性水素の存在を教えてくれるのに対し、宇宙全体でどれくらいの電離が進んだかという「累積的な履歴」を教えてくれるのが、宇宙最古の光である「宇宙マイクロ波背景放射(CMB)」です。
CMBはビッグバンから約38万年後の晴れ上がりの瞬間に放たれた光ですが、約138億年をかけて地球に届くまでの間に、再電離の時代を通過してきています。
再電離によって中性水素から飛び出した自由電子は、通り過ぎるCMBの光子をごくわずかに散乱(トムソン散乱)します。この散乱によって、CMBの光に特有の偏光パターン(大角度スケールのEモード偏光)が刻み込まれます。
欧州宇宙機関(ESA)のプランク(Planck)衛星などの観測では、この偏光パターンを高精度に測定することで、CMBが地球に届くまでに通過してきた自由電子の総量を表す指標である「電子の光学的深さ $\tau$(タウ)」が導出されました。プランク衛星の2018年の解析結果(TT,TE,EE+lowE+lensing)では、\tau = 0.0544 \pm 0.0073(68%信頼区間)という値が報告されています。
この \tau は、過去から現在に至る視線上の電子密度を時間方向に足し合わせた「積分値」です。そのため、異なる電離の歴史(早く始まってゆっくり進んだのか、遅く始まって急激に進んだのか)であっても、積分の合計値が同じであれば近い \tau を与えることがあります。したがって、\tau の値から再電離の開始時期や進行ペースを一意に逆算することはできず、電離割合の推移に特定のモデル(tanh型の遷移関数など)を仮定した上で、再電離の中間点赤方偏移(z_{\mathrm{re}} = 7.67 \pm 0.73)などが推定されています。
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)による直接観測の手法
2020年代に入り、再電離の研究は初期銀河そのものを直接捉える段階へと突入しました。その主役がジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)です。
初期宇宙からの光は宇宙膨張によって波長が大きく引き伸ばされているため、もともと紫外線や可視光だった光が、地球に届く頃には赤外線へとシフトしています。JWSTは高感度の大型赤外線主鏡と最新鋭の分光器を備えており、赤方偏移 z > 10 に存在する初期の銀河の光を捉えることができます。
ただし、銀河が放つ電離紫外線(波長91.2ナノメートル以下)そのものは、途中に残る中性ガスに吸収されてしまうため、地球近傍の望遠鏡で直接受光することは困難です。そこで天文学者たちは、以下のような複数の観測量を組み合わせて再電離への寄与を推定しています。
- 電離光子の「生成量」の推定:銀河内部で星形成に伴って生じる水素の再結合輝線(可視光のHα線やHβ線が赤外線へと赤方偏移したもの)や、非電離紫外線の明るさを測定し、恒星集団がどれだけの電離光子を作り出しているかを推定します。
- 銀河外への「脱出率」の評価:作られた電離光子のうち、銀河内部のガスや塵に吸収されずに銀河外へと抜け出せる割合(脱出率 f_{\mathrm{esc}})を、銀河の形状や星間ガスの性質、電離状態を手掛かりにモデル化します。
- 銀河周辺のガスの透過性の観測:遠方クエーサーの光がどの銀河の近くを通り、その周囲でどれだけ光が透過しているかを調べることで、個々の銀河の周りに形成された電離バブルの広がりを実測します。
このように、電離光子の「生成」「脱出」「周囲の電離効果」を切り分けて観測・検証することで、どの天体がどのように再電離を進めたのかという全容が明らかになりつつあります。
水素の21cm線電波観測:立体的な地図化を目指す将来展望
現在、再電離研究の未来の手掛かりとして世界中で開発と観測が進められているのが、「中性水素の21cm線」を用いた電波天文学のアプローチです。
中性水素原子の陽子と電子は、それぞれ自転のような角運動量(スピン)を持っています。陽子と電子のスピンの向きが同じ「平行」の状態から、互いに逆を向く「反平行」の状態へと移り変わるとき、エネルギーの差に相当する波長21センチメートル(周波数約1420メガヘルツ)の非常に微弱な電波が放出されます。
この21cm線は中性水素原子の静止系での波長ですが、初期宇宙から届く電波は宇宙膨張によって波長が何倍にも引き伸ばされ、地球に届く頃には数メートルの低周波電波(超短波・短波帯)として観測されます。
21cm線信号の強さは、中性水素原子のスピン状態の比率を表す「スピン温度」と、背後にあるCMBの温度とのバランスによって決まります。スピン温度がCMB温度より高ければ背景放射に対して「放射(輝線)」として観測され、逆に低ければ背景放射の光を吸い込む「吸収」として観測されます。
電離されたプラズマ領域(バブル内部)には中性水素が存在しないため、21cm線は放射されません。したがって、様々な周波数(異なる赤方偏移、すなわち異なる時代の宇宙)で全天の21cm線を測定できれば、中性水素の海の中で電離バブルがどのように生まれ、広がり、結合していったのかを、宇宙の3次元断層写真(トモグラフィー)として描き出すことが可能になります。
ただし、この観測には極めて高いハードルが存在します。初期宇宙からの21cm線信号は非常に微弱であるのに対し、天の川銀河の星間ガスが放つ電波(シンクロトロン放射など)や地球上の人工電波が、目的の信号よりも数千倍から数万倍も強い「強大なノイズ(前景放射)」として重なってしまうためです。
現在、世界各国の共同プロジェクトとして建設が進められている超大型電波干渉計「SKA(Square Kilometre Array)」などの次世代観測計画では、この強大な前景放射を高精度に取り除き、再電離期の3次元地図を直接取得することが主要な科学目標として掲げられています。
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よくある誤解と整理:初期宇宙の進化をめぐる3つの混同
初期宇宙の歴史を学ぶ際、似たような専門用語や状態変化が連続するため、混乱が生じやすいポイントがあります。ここでは、特に多く見られる3つの混同を明確に整理しておきます。
混同1:「晴れ上がり」と「暗黒時代の終わり」と「再電離の完了」
最も頻繁に見られるのが、宇宙の歴史における主要な転換点を混同してしまうケースです。これらは起きている物理現象としても、起きた時代としても明確に異なる段階です。
- 段階1:宇宙の晴れ上がり(ビッグバン後約38万年)
- 物質の変化:電離プラズマ \to 中性水素原子(中性化・再結合) - 引き金:宇宙膨張による温度の低下(約3,000Kへ冷却) - 現象:自由電子による光の散乱が大幅に減り、光が直進できるようになった(最初の透明化)。ここから星のない「暗黒時代」が始まる。
- 段階2:暗黒時代の終わり(ビッグバン後数億年)
- 現象:最初の恒星(初代星)や銀河の点灯(最初の光源の出現) - 引き金:ダークマターハローへの原始ガスの重力凝縮と熱核融合の開始 - 状態:新しい自発光の天体が誕生したことで「暗黒時代」が終わりを迎える。星の周囲に局所的な電離バブルが点灯し始める。
- 段階3:宇宙の再電離の完了(ビッグバン後約10億年)
- 物質の変化:中性水素原子 \to 電離プラズマ(再び電離) - 引き金:初代星や無数の矮小銀河が数億年にわたり放ち続けた紫外線光子 - 状態:電離バブルが拡大・合体し、銀河間空間を満たす水素ガスの大部分が電離された状態に達する。
このように、「暗黒時代が終わった瞬間(最初の光の点灯)」と、「宇宙の再電離が完了した段階(銀河間ガスが電離し切った状態)」は、数億年もの時間を隔てた別の出来事です。
混同2:再び電離して、なぜ宇宙は不透明に戻らなかったのか
鋭い疑問としてよく挙げられるのが、「晴れ上がりの前の宇宙は、電離プラズマだったから光が散乱されて不透明だった。ならば、再電離によって再びプラズマに戻ったのであれば、宇宙はまた霧に包まれたように不透明になってしまうのではないか?」という点です。
この疑問を解く決定的な鍵は、「宇宙の密度の違い」にあります。
ビッグバン後約38万年の晴れ上がりの頃、宇宙は現在よりもはるかに小さく、空間内の物質の密度は非常に高い状態でした。狭い空間に電子が密集していたため、光子はごくわずかな距離を進むだけで電子に衝突し、直進することができませんでした。
しかし、再電離が起きた時代(ビッグバン後数億年〜10億年)には、宇宙は何億年もの膨張を経て体積が桁違いに増大していました。空間内の平均密度が極めて希薄になっていたため、たとえ水素が電離して自由電子が飛び交っていても、電子同士の距離があまりにも離れすぎています。
光が空間を進む間に電子と衝突する確率はごくわずかしかありません。そのため、物質の状態としては電離プラズマに戻りながらも、光は何十億光年先まで見通せる高い透明性を保ち続けることができるのです。
混同3:星ができた瞬間、宇宙全体が一気に明るくなったのか
「暗黒時代の終わり」という表現から、部屋の明かりをパッとつけたときのように、最初の星が生まれた瞬間に宇宙全体が一斉に明るくなった光景を想像しがちです。しかし、実際の宇宙の変化はそのような急激なものではありませんでした。
初期の星々が照らし出し、電離できた領域は、広大な宇宙全体から見ればごくわずかな狭い泡に過ぎませんでした。電離バブルの外側には、依然として冷たい中性水素の海が広がっていました。
最初の星や銀河が現れたことで、星のない暗黒時代は終わり始めました。ただし、宇宙全体のガスが同時に変化したわけではありません。その後、光源の周囲にできた電離領域が数億年かけて広がり、互いにつながっていく再電離が進みました。最初の光源の出現と再電離の完了は、同じ瞬間ではなく、連続する別の段階です。
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出典・参考資料
初期宇宙の構造形成、暗黒時代の終焉、および宇宙の再電離に関する理解を深めるための、主要な公的資料および学術研究論文です。
- NASA / STScI · Webb: Early Universe
ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が観測対象とする初期宇宙、初代星の探索、および再電離期の科学目標に関するNASAの総合解説。晴れ上がりから暗黒時代、初代星の形成と再電離へと至る段階的な宇宙史の枠組みを提示しています。 https://science.nasa.gov/mission/webb/early-universe/
- NASA Webb Mission · NASA’s Webb Proves Galaxies Transformed the Early Universe (2023)
初期宇宙の銀河が放つ光が周囲の中性ガスを電離し、局所的な透過領域を作り出した現場を捉えたJWSTの観測成果に関する公式解説。クエーサーの吸収スペクトルと周辺銀河の分布を対応付けた研究成果を紹介しています。 https://science.nasa.gov/missions/webb/nasas-webb-proves-galaxies-transformed-the-early-universe/
- Atek, H., Labbé, I., Furtak, L. J., et al. · Most of the photons that reionized the Universe came from dwarf galaxies (Nature, 2024)
重力レンズ効果を利用して検出された赤方偏移 z \approx 6 \sim 7.7 の超微光矮小銀河8個の分光解析から、電離紫外線の高い生成効率を導出し、約5%の光子脱出率を仮定することで矮小銀河が再電離の主たる光子源となりうることを示した研究論文。 DOI: 10.1038/s41586-024-07043-6(著者公開稿:arXiv:2308.08540)
- Planck Collaboration · Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters (Astronomy & Astrophysics, 2020)
プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の全天精密観測結果。CMBの偏光観測から得られた電子の光学的深さ(\tau = 0.0544 \pm 0.0073)および、特定の電離史モデルを仮定した再電離中間点赤方偏移の制約を提示した基礎論文。 DOI: 10.1051/0004-6361/201833910(著者公開稿:arXiv:1807.06209)
- NASA Webb Mission · Mapping the Universe’s Earliest Structures with COSMOS-Webb (2021)
初期宇宙における大規模構造の形成と、再電離期における銀河環境の進化を広視野で調査するために計画されたJWSTの大規模サーベイプログラム「COSMOS-Webb」の科学目標と観測計画の解説。 https://science.nasa.gov/missions/webb/mapping-the-universes-earliest-structures-with-cosmos-webb/
