南米アマゾンの熱帯雨林――かつてそこは、人間を寄せ付けない手つかずの原生林だと信じられてきました。しかし近年、航空レーザー探査技術(LiDAR)の発展によって、深い森の樹冠の下に、幾何学的な溝や堤で囲まれた古代の土木遺構が眠っていることが次々と明らかになっています。

2026年、国際研究チームが英科学誌『Nature』に発表した研究は、アマゾン南西部の約18万3,000平方キロメートルに及ぶ地域に、「約24,000〜30,000基」もの古代土木遺構が存在するという推計を示しました。

この数字は、熱帯雨林の過去に対する私たちの認識を大きく塗り替えるものです。しかし、この「2万4,000〜3万基」という数値は、レーザーによって実際にすべて発見された数なのでしょうか。それともアマゾン全域に当てはまるものなのでしょうか。直接観測されたデータと統計モデルによる推計を区別しながら、密林の底に隠された古代景観の実像を解き明かします。

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結論と数字の正確な意味――直接見つかった数と推計2万4,000〜3万基の正体

タイトルの問いに対する最新の科学的知見は、「アマゾン南西部の対象地域全体(約18万3,000 km²)に、約24,000〜30,000基の古代土木遺構が存在する」という推計です。

しかし、この数字を正しく理解するためには、報道などで混同されやすい3つの重要な前提を押さえる必要があります。

1. 対象はアマゾン全域ではなく「南西部の一地域」

推計の対象となった約18万3,000平方キロメートル(日本の本州の約8割に相当)は、ブラジル・アクレ州、アマゾナス州南部、そしてボリビア北部にまたがる地域です。この地域は考古学的に「アキリ(Aquiry)文化圏」と呼ばれ、幾何学的な土木遺構が集中的に分布する特異なエリアとして知られています。約600万〜700万平方キロメートルにおよぶアマゾン盆地全体に、この密度を一律に当てはめることはできません。

2. 「未発見の遺構」と「既知の遺構」を合わせた総数

「約24,000〜30,000基」という推計値は、今回の調査で森の下から新たに見つかった遺構だけの数ではありません。近年の森林伐採や牧草地開発によって地表が露出し、衛星画像などを通じてすでに知られていた「既知の遺構」と、現在も熱帯雨林の樹冠の下に眠っている「未発見の遺構」の双方を足し合わせた、対象地域全体に存在する土木遺構の総数です。

3. 直接記録された「432基」と推計モデル

研究チームが今回の航空レーザー探査で直接記録した遺構の総数は「432基」です。このうち396基が今回の探査で初めて確認された新発見であり、残る36基はすでに知られていた遺構でした。さらに推計モデルを構築する際には、系統的な調査区で確認された347基のうち、境界条件等による偏りを除外した「334基」が厳密な解析対象として用いられました。

つまり、航空機から直接確認された確実な事実としての「432基(解析用334基)」を足場として、統計的な外挿モデルによって地域全体の総数「約24,000〜30,000基」が導き出されているのです。

なお、この2万4,000〜3万基のすべてが、ある一時期に一斉に存在して機能していたわけではありません。数百年から千年以上におよぶ長い歴史の中で、異なる時代に築かれ、利用されてきた遺構の累積的な総数であることにも注意が必要です。

アマゾン南西部の調査で直接記録された遺構と対象地域への推計を比較する模式図
解説図直接記録と対象地域への推計の比較を示す生成模式図。総観測4,497 km²で432基を記録し、地域別の部分標本と仮定を用いて、アマゾン南西部の対象18万3,000 km²に2万4,000〜3万基と推計した。単純比例、アマゾン全域の総数、同時に使われた遺構数ではない。地形・境界・遺構は架空で、原分布図やLiDAR画像ではない。

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樹冠の隙間から地表を測るレーザー観測:LiDARの仕組みと検出力

熱帯雨林の奥深くに眠る遺跡を探る上で、最大の壁となってきたのが何層にも重なり合う分厚い樹冠(木々の葉や枝)です。宇宙を周回する光学衛星や通常の航空写真では、緑の葉に視界を遮られ、地面の起伏を直接捉えることはできません。

この限界を突破したのが、航空機に搭載されたレーザー探査技術「LiDAR(ALS: Airborne Laser Scanning)」です。

航空機による大規模探査

研究チームは双発航空機「Seneca V」に、毎秒数十万回のレーザーパルスを照射する高性能スキャナー「RIEGL LMS-Q780 II」を搭載しました。そして、総飛行距離4,430キロメートル、総観測面積4,497平方キロメートルにわたる帯状の観測を実施しました。

点群密度と地表分類の重要性

探査によって取得されたレーザー点群の平均密度は、「1平方メートルあたり31.2点(31.2点/m²)」に達しました。

ここで混同してはならないのは、この「31.2点/m²」という数値は、樹冠の最上部、中層の枝葉、下草、そして地面など、空中で跳ね返ったすべての反射点を含んだ「全点群の平均密度」であり、「地表に到達した点(地表点)」だけの密度ではないという点です。

航空機から照射されたレーザー光のうち、木の葉の隙間を通って地表に届くものは一部です。研究チームは、最後に戻ってきた信号を機械的にすべて地表と見なすのではなく、地表点分類アルゴリズムで地表由来と判定された点を抽出し、地形を推定しました。ただし、樹冠や下草によって地表に届く点が少なくなることや、分類の限界は残ります。

こうして抽出された地表点データから、50センチメートル四方の格子(50 cmメッシュ)で「数値標高モデル(DTM)」が作成されました。ただし、DTMの解像度が50 cmであるからといって、50 cmの段差がすべて判別できる実効精度を持つわけではありません。樹冠が極端に鬱蒼とした場所では地表に届く点が不足し、浅い溝や低い土塁が見落とされる可能性があります。研究チームは感度分析を行い、地表点の疎密や遺構の規模に応じた検出感度の違いを考慮した上で解析を進めています。

光学衛星画像の「約5倍」の検出力

LiDARによる地表の反射計測と微地形モデルの有効性は、森林伐採地との比較でも示されました。すでに木が切り倒されて牧草地になっているラインにおいて、従来の光学衛星写真で見つかっていた遺構数と、同一エリアをLiDARで探査した結果を比較したところ、LiDARは衛星画像の「約5倍」の遺構を検出しました。

光学衛星写真では、草に覆われたり経年劣化で平坦化したりして人間が見落としていた浅い溝や低い土塁の起伏が、レーザーによる立体的な地形モデルによって鮮明に浮かび上がったのです。

図1を参照する際の注意点と読み方

掲載した模式図は、観測した面積・直接記録数と、広い対象地域の推計を区別するためのものです。森林、観測域、遺構の描画は実際の観測ラインや地点座標を再現していません。

  1. 観測と推計の区別:直接観測した範囲と広い地域への統計的な推計は別です。図中の形は実際の観測ラインや地点を表しません。
  2. 未観測と未検出の区別:調べていない場所と、調べたが遺構を検出しなかった場所は異なります。この模式図から実際の分布を読み取らず、原研究の公開資料で確かめてください。
  3. 位置情報の扱い:先住民族領域などの非公開座標を図から推定・補完しません。

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観測帯から地域全体へ――外挿モデルの考え方と概算の幅

航空機で実際に観測できた面積は4,497平方キロメートルであり、対象地域全体(約18万3,000平方キロメートル)の約2.5%にすぎません。この限られた観測サンプルから、研究チームはどのようにして「約24,000〜30,000基」という推計を導き出したのでしょうか。

一括割り戻しという誤解の排除

この推計手法をめぐっては、「確認された遺構数を、地域全体の平均森林率で一括して割り戻しただけではないか」という誤解が語られることがありました。しかし実際の研究では、そのような単純な一括計算は行われていません。

地域ブロック別の層化外挿

研究チームは、対象地域を一様な空間として扱うのではなく、環境や遺構の分布密度に応じて区分しました。幾何学的遺構が高密度で確認される「中核地域」を7つのブロックに細分化し、その外側に広がる「周縁部」と区別したのです。

そして、各ブロックにおけるALS観測帯での遺構密度、河川や標高などの地理的環境条件、森林被覆の割合などを個別に考慮しながら統計的な外挿を行いました。その結果、中核地域だけで「約26,400基」、周縁部を含めた対象地域全体で「約29,500基」という推計値が算出されました。

「統計的信頼区間」ではなく「概算の幅」

著者らが提示した「約24,000〜30,000基」という数値は、厳密な正規分布等に基づく統計的信頼区間(95%信頼区間など)ではありません。

この幅は、航空機が飛んだ観測帯がそのブロック全体をどの程度偏りなく代表しているかという代表性の問題や、現在森林に覆われている地表にどれほどの密度で遺構が保存されているかという仮定を織り込んだ、「モデルに基づく概算の幅」として提示されています。したがって、これは絶対的な確定値ではなく、明確な仮定と条件の上に成り立つ科学的な推計レンジなのです。 総観測は4,497 km²・432基ですが、系統的な比較・推定にはそのうちの部分標本を用います。原研究では平行する観測ラインの2,380 km²で347基を記録し、推定に334基を使用しています。総数の密度を18万3,000 km²へ単純に掛け算するモデルではありません。

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遺構はいつ、何のために造られたのか――年代測定と「都市性」の再考

森の下に広がる幾何学的な土木遺構は、円形、正方形、六角形、八角形など多彩な形を持ち、幅数メートルから十数メートル、深さ数メートルの堀や土塁で構成されています。これらはいつ、誰によって、何のために造られたのでしょうか。

「アキリ」という地域文化

これらの遺構群を生み出した社会は、学術的に「アキリ(Aquiry)文化」と呼ばれています。ただし、「アキリ」とは古代の統一国家や中央集権的な帝国を指す政治的な名称ではありません。共通する様式の幾何学的土木遺構や土器を共有していた、アマゾン南西部の地域的な文化複合を指す考古学的な呼称です。

162点のAMS放射性炭素年代測定

年代の特定は、発掘調査が行われた32の遺跡・36の構造物から採取された「162点」の加速器質量分析(AMS)炭素年代測定データに基づいています。新しくレーザーで検出された数百基の遺構すべてを直接測定したわけではなく、代表的な発掘地点の確実な試料を分析したものです。

ベイズ統計モデリングおよびカーネル密度推定(KDE)による解析の結果、幾何学的周溝遺構(いわゆるジオグリフ)の活動期間は「紀元前600年頃から西暦850年頃」に位置づけられ、とりわけ「西暦100〜300年頃」に建設や利用のピークがあったことが判明しました。

なお、溝を伴わない四角形や多角形の「周堤遺構(土塁のみの構造物)」については、直接の年代測定試料が限られているものの、幾何学的な形態や配置の共通性から、周溝遺構と同時代に造られたものと解釈されています。一方で、西暦1000年以降に見られる「マウンド集落(盛り土の上に住居を構える居住形態)」とは、年代的にも空間構造的にも明確に区別されています。

遺構の機能――定住住居でも軍事要塞でもない

では、これらの巨大な空間は何のために使われていたのでしょうか。発掘調査の結果は、従来の都市や要塞のイメージを覆す特徴を示しています。

第一に、遺構の内部からは、人々が日常的に長期間暮らしていたことを示すような分厚い生活ゴミの堆積(貝塚や灰、大量の廃棄土器など)がほとんど見つかっていません。 第二に、軍事的な防衛要塞と考えるには構造が不自然です。多くの遺構では堀の外側に土塁が盛られており、外敵の侵入を防ぐ防御陣地としては極めて不合理で、全体として開放的な構造を持っています。

このことから考古学者たちは、これらの遺構が日常的な居住地や軍事防衛拠点ではなく、周辺の森林に分散して暮らしていた複数の村落や血縁集団が定期的に集まる「公共・儀礼・社会的な交流の拠点」であった可能性を強く論じています。特定の儀式や競技の内容を直接裏付ける記録はありませんが、人々が集い、同盟を結び、社会的な絆を確認し合うための記念碑的な空間であったと考えられています。

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「数百万人」の人口推計はどこまで言えるのか――モデル試算の前提と限界

本研究が発表された際、一般メディアでは「古代アマゾンに数百万人規模の巨大都市文明が存在した」といったセンセーショナルな見出しが躍りました。しかし、論文で示された人口推計(約125万〜300万人)は、地中から数百万人の生活跡が直接確認されたわけではありません。

幾重にも重ねられた仮定の構造

この人口推計は、推計された遺構数をもとに、社会学的な仮定を積み重ねた「モデル試算(シミュレーション)」です。具体的には以下の仮定が置かれています。

  1. Aquiry期の遺構数と同時使用率:この時期に対応する約16,660基を母数とし、同時に使われた割合を25〜60%と仮定します。全時期累積の2万4,000〜3万基を同時存在数とはみなしません。
  2. 1基あたりの維持集団規模(約300人など):1つの遺構を建設し、維持・管理するために必要な集団規模を、後代の民族誌事例や労働力試算から約300人などと仮定しました。

人口約125万〜300万人という試算は、Aquiry期に対応する約16,660基、同時使用率25〜60%、1基あたり約300人などの仮定を組み合わせたものです。

前提が変われば結果も変わる

もし、遺構がより少人数のグループによって長い歳月をかけて少しずつ造られたのであれば人口は大幅に小さくなりますし、同時使用率が低ければ数十万人規模にとどまる可能性もあります。現代のアクレ州の人口(約90万人)と比較して「古代の方が過密だった」と単純に断定することは、学術的な前提を無視した短絡的な比較です。

生業と持続可能性の客観的評価

大勢の人々を支えた生業基盤についても慎重な評価が必要です。当時の食生活や栽培植物を考えるには、植物遺存体などの直接的な資料と、環境や比較資料からの推定を区別する必要があります。遺構数や人口モデルだけから、具体的な作物の利用を確定することはできません。また、森林管理が行われていたとしても、それが「環境負荷が完全にゼロで無限に持続可能だった」ことまで実証されたわけではありません。

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先行研究との数字の食い違いを読む――全域予測と地域推計の違い

アマゾンの古代土木遺構をめぐっては、本研究に先立つ2023年、Peripatoらの国際研究チームが米科学誌『Science』に画期的な論文を発表していました。そこでPeripatoらは、機械学習モデルを用いてアマゾン全域に眠る未発見の土木遺構数を「10,272〜23,648基」と予測しました。

これに対し、2026年のPärssinenらの論文は、南西部の一地域(約18万3,000 km²)だけで「約24,000〜30,000基」と推計しました。一地域における推計数がアマゾン全域の予測数を上回っているため、「Pärssinenらの発見によって先行研究の予測が覆された」と受け取られることがあります。

4つの決定的な相違点

ただし、二つの推計値は対象地域、遺構の定義、既知・未発見の遺構の扱い、推計方法や仮定が異なります。数値だけを同じ条件の結果として比較することはできません。

比較項目Peripatoら(2023年・Science)Pärssinenら(2026年・Nature)
対象地域アマゾン全域(約600万 km²)アマゾン南西部(約18万3,000 km²)
遺構の定義周溝、マウンド、環濠集落、巨石記念物など多様な遺構全般主として南西部の幾何学的周溝・周堤遺構
推計対象未発見の遺構のみ(既知遺構を除く)既知遺構+未発見遺構の総数
推計手法広域環境データに基づく機械学習(最大エントロピー法等)高密度LiDAR観測帯に基づく地域ブロック別外挿

一つの重要な違いは、推計対象に既知の遺構を含めるかどうかです。Peripatoらは未発見の遺構の分布を予測し、Pärssinenらは既知の遺構を含む対象地域の総数を推計しました。ただし、研究間の数値のずれをこれだけで説明し切れるわけではありません。

両研究の推計差を評価するには、対象地域と遺構の定義をそろえ、調査範囲や統計モデル、それぞれの不確かさを確認する必要があります。

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よくある疑問――FAQ

Q1: この巨大な幾何学遺構は、熱帯雨林の木々を伐採せずに森の中で造られたのですか?

A1: いいえ、建設時には大規模な森林伐採が行われていました。 遺構の規模は一辺が数十メートルから数百メートルにおよび、堀の深さも数メートルに達します。このような構造物を正確な幾何学形に掘り抜くためには、広大な土地を切り開く必要がありました。花粉や植物珪酸体(プラント・オパール)の分析からも、遺構が使われていた時代には周囲の森林が伐採され、草地や二次林、管理された果樹などが広がっていたことが示されています。遺構が放棄された後、長い年月をかけて再び熱帯雨林が再生し、地表を覆い隠したのです。

Q2: 今回の航空レーザー観測によって、アマゾン南西部の土木遺構はすべて発見されたのですか?

A2: いいえ、実際に観測されたのは対象地域の約2.5%にすぎません。 直接記録されたのは432基(推計解析に用いたのは334基)であり、残りの2万基以上は統計モデルによって推定された数値です。また、レーザーを照射した観測帯の内部であっても、樹冠が極端に密な場所では地表に届くレーザー光が不足し、小規模な遺構が見落とされた可能性があります。さらに、先住民族の権利擁護と文化財保護のため、先住民族領域内の遺構の詳細な座標は公表されておらず、推測による補完も行われていません。

Q3: 現代のアマゾン先住民族と、この古代土木遺構を造った人々にはつながりがあるのですか?

A3: 文化的な連続性については、現在も慎重な検証が続けられています。 現代の先住民族が持つ森林管理の技術や植物利用の知恵は、過去の熱帯雨林利用を理解する上で不可欠な視点です。しかし、幾何学的周溝遺構の建設と利用は西暦850年頃までにほぼ終息しており、16世紀のヨーロッパ人到達よりはるか以前に大きな社会変動が起きていました。そのため、現代の特定の先住民族と千年以上前の土木遺構を短絡的に直結させることはできず、歴史的な集団の移動や文化の再編を考慮した研究が進められています。

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結びにかえて――数字の背後にある古代熱帯雨林の真実

アマゾン南西部の森の下に推計される「約24,000〜30,000基」という古代土木遺構の存在は、熱帯雨林が人間の歴史と切り離された純粋な原生林ではなく、千年以上もの昔から人々の手によって巧みに改変され、利用されてきた「文化的な景観」であることを雄弁に物語っています。

しかし、その数字のインパクトだけに目を奪われてはなりません。空から直接記録された432基という確実な観測事実、レーザーの地表点分類という技術の限界、数々の社会的な仮定を重ねた外挿モデル、そして定住住居ではなく儀礼や交流を重んじた古代社会の実像――そうした科学的な前提と条件を一つひとつ丁寧に紐解くことによって初めて、私たちは密林の底に眠る古代アマゾンの真実の姿を捉えることができるのです。

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出典・参考資料