長年熱心に外国語を学び、豊富な語彙や複雑な文法規則を自在に使いこなせるようになった人でも、発音には母語特有の「なまり(アクセント)」が残り続けることは珍しくありません。なぜ大人の外国語学習において、アクセントはこれほど頑固に定着するのでしょうか。
かつては「大人の脳は固まり、新しい音を身につけることができないからだ」と諦め混じりに語られることもありました。しかし、現代の音声科学や第二言語習得論は、そのような単純な見方を否定しています。アクセントが残る背景には、母語の経験を通じて最適化された知覚や運動制御の仕組み、対話における伝達成功による自然な安定化、そして言葉を使う人と社会との関わりが多層的に影響しています。
本稿では、音を聞き取って発音する脳と口の連携メカニズムから、アクセントと個人の能力をめぐる社会的評価のあり方までを科学的根拠に基づいて解説します。アクセントという現象を正しく理解することは、発音学習の合理的な道筋を見出すだけでなく、多様な背景を持つ人々との開かれた対話を築くための第一歩となります。
1. なぜ大人になってからの外国語には「なまり」が残るのか:音の知覚と母語のフィルター
外国語を話すときにアクセントが生じる最大の理由は、私たちが新しい言語の音を「白紙の状態」で学んでいるわけではないという点にあります。大人の学習者はすでに、母語を話し、聞いてきた長年の音声経験を持っています。この経験を通じて形成された「音を聞き分ける枠組み(知覚的枠組み)」と「唇や舌を動かす習慣(調音運動の習慣)」が、第二言語の音を処理する際にも強力に機能するのです。
人間は乳児期には、世界の多様な言語に現れる様々な音響的差異に対して柔軟に反応する素質を持っています。しかし生後数か月から1年ほどが経過するにつれて、乳児の耳は周囲の日常的な言語環境で耳にする母語の音声パターンへと適応していきます。これは他の言語の音を聞き分ける能力が単純に低下したわけではありません。周囲の人々と円滑に対話し、雑音と重要な意味の違いを瞬時に選別するために、脳が母語の環境に最適化された効率的な処理カテゴリーを作り上げる発達プロセスです。母語において意味の違いを生み出さない微細な差異を捨象し、重要な差異だけをすばやく検出できるように適応した結果といえます。
ここで多くの人が抱く誤解が、「大人になると耳のフィルターが完全に固まってしまい、二度と新しい音を受け入れられなくなる」という極端な見方です。近年の音声習得理論はこの固定的な見解を明確に否定しています。
現代の音声習得研究において広く支持されている理論的枠組みが、フレッジ(James E. Flege)とボーン(Ocke-Schwen Bohn)によって提唱された「改訂音声学習モデル(Speech Learning Model-revised: SLM-r)」(Flege & Bohn, 2021)です。SLM-rは、第二言語の音声学習において母語の音声経験に基づく知覚的枠組みや調音運動の習慣が影響することは確かであるとしながらも、成人の音声知覚および音声産出のカテゴリーは生涯を通じて再編成されうる(category reorganization)と主張しています。
SLM-rによると、第二言語の音に接したとき、学習者はまずその音を母語の既存の音声カテゴリーと音響的・音声的に照らし合わせます。もし第二言語の音が母語の特定の音と「十分に似ている」と知覚された場合、その音は母語のカテゴリーに統合(合流)されて処理されやすくなります。たとえば、日本語話者にとって英語の特定の子音や母音が、日本語のよく似た音と同じ枠組みの中に引き寄せられてしまう現象です。この引き寄せが生じると、学習者は二つの言語の音の細かな違いを意識しにくくなり、結果として母語の調音パターンをそのまま適用してしまうため、母語話者から見ると「アクセントがある」と知覚されます。
一方で、SLM-rが強調するのは、成人の知覚システムが閉ざされたものではないという点です。母語の音との違いが際立っている音や、十分な音声インプットと経験を通じて差異が知覚されるようになった音については、大人であっても母語のカテゴリーとは区別された新しい音声カテゴリーを脳内に形成することができます。つまり、大人の発音にアクセントが残るのは、脳の可塑性が失われたからではなく、すでに確立された強力な母語のカテゴリーシステムが第二言語の知覚と産出を強くガイドしているためなのです。
2. 脳と口の連携:知覚・運動・フィードバックの循環メカニズム
外国語を発音するという行為は、単に口先の筋肉を動かす作業ではありません。私たちが意図した音声を口から発し、相手に届けるまでには、脳内の知覚目標の設定、運動指令の実行、そして自己と他者からのフィードバックの照合というプロセスが絶え間なく行われています。

上の図は、第二言語の音声習得における知覚と運動、そしてフィードバックの継続的な循環関係を示した概念図です。音声の学習と発話は一方通行の直線的なプロセスではなく、以下の4つの主要な要素が互いに影響を与え合いながら循環しています。
- 知覚(目標設定):脳内で発声すべき音の目標(音響的ターゲット)を設定するプロセスです。どのような高さ、強さ、音色の音を出すべきかという基準が定められます。
- 調音(運動実行):設定された目標に基づき、大脳から舌、唇、声帯などの発声器官へ微細な運動指令が送られ、筋肉が動いて音が産出されます。
- 自己の感覚フィードバック(聴覚・体性感覚):自分が発した音を聞く「聴覚フィードバック」と、舌の接触位置や筋緊張を感じ取る「体性感覚フィードバック」により、発音結果を即座に感知し、目標とのズレを検知します。
- 相手から得られる情報(対話相手の反応・社会的フィードバック):実際の対話において、相手がスムーズに理解したか、あるいは聞き返したり戸惑ったりしたかという反応です。この情報が次の発話における目標設定や調整へとフィードバックされます。
なお、本図は発話と学習を支える相互作用の概念的関係を整理したものであり、特定の神経経路の固定的な形状や処理順序を物理的に限定するものではありません。かつて一部で語られた「相手に一度言葉が通じると、脳が省エネのために学習を完全に停止させ、その結果としてアクセントが固定化(化石化)する」という見解は、現代の知見とは異なります。実際の音声制御系にそのような一方通行の「学習終了ノード」は存在せず、成人の発話者であっても対話の文脈や相手の聞き取りやすさに応じて、声の大きさ、速度、調音の明瞭さを無意識のうちに微調整し続けています。
では、なぜ多くの学習者においてアクセントのある発音パターンが長期にわたって定着しやすいのでしょうか。その理由の一つは、発音には極めて精密な協調運動のタイミング制御が要求されるからです。
その代表例が、破裂音の生成に見られる「ボイス・オンセット・タイム(Voice Onset Time: VOT、声帯振動開始時間)」の調整です。VOTとは、呼気をせき止めてから破裂させる瞬間と、声帯の振動が始まる瞬間との時間差を指します。たとえば、英語の/p/(無声破裂音)と/b/(有声破裂音)の違いは、このVOTの長さによって明確に区別されます。日本語の「パ行」と「バ行」にも同様の対立がありますが、英語と日本語ではVOTの具体的な時間帯や許容範囲が微妙に異なります。日本語話者が英語の/p/を発音する際、日本語の「パ」を発声するときの筋肉の協調タイミングをそのまま適用すると、英語母語話者にとっては声帯振動の開始が早すぎると感じられ、/b/寄りに聞こえたり、独特のアクセントとして知覚されたりすることがあります。こうした協調運動パターンは長年の母語使用によって高度に自動化されているため、頭で理解していても、ミリ秒単位の運動制御を瞬時に切り替えるには相当な実践と知覚の手がかりが必要です。
そしてもう一つの理由は、日常会話における「伝達成功」の性質にあります。対話において、たとえ母語話者と全く同一の発音でなくとも、意味が相手に滞りなく伝わり、対話相手からの社会的フィードバックにも大きな支障が生じない場合、発話システムはその運動パターンを「実用的に十分に成功した状態」として安定化させます。これは脳が怠惰だからではなく、コミュニケーションという本来の目的が首尾よく達成されているため、過度な修正を施さずに現在の調音パターンを定常的な運動習慣として維持する合理的なメカニズムが働くからです。
3. 大人の耳と口は変えられるか:科学的訓練が示す音素の再編成
成人の脳でも音声カテゴリーが生涯を通じて再編成されうるというSLM-rの主張や、知覚と運動の循環モデルは、単なる理論上の仮説にとどまりません。近年の厳密な実験音声学の研究によって、成人の学習者が適切な訓練を受けることで、音の聞き取り能力だけでなく発音の質そのものを大きく向上させられることが実証されています。
その代表的な具体例が、日本語を母語とする成人学習者による英語の/r/と/l/の習得です。
日本語の音韻体系には英語の/r/と/l/のような対立が存在せず、両者はおおむね日本語の単一の流音「ら行」(国際音声記号では主に歯茎弾き音[ɾ])の近傍に位置づけられます。そのため、日本人学習者にとって英語の/r/と/l/の聞き分けと発音の区別は、典型的な難関として知られてきました。
ただし、「日本語話者は英語の/r/と/l/を完全に対称に同一視している」という従来の通説は、実態を単純化しすぎています。知覚実験によれば、日本語話者が感じる/r/と/l/の知覚的な近さには非対称性が存在することが知られています。多くの文脈において英語の/l/のほうが日本語の「ら行」に近い音響的特徴を持つと判断されやすく、英語の/r/はその特異な周波数変化(第三フォルマントの大幅な低下など)ゆえに異質な音として意識されやすい傾向があります。さらに、前後の母音環境や、個々の学習者の海外滞在歴、英語を聞いてきた環境によっても知覚には少なからぬ個人差が見られます。加えて、英語の/r/を発音する調音動作も、舌先を後方へ反らせる「そり舌」だけでなく、舌の中央部を盛り上げて舌先を下げる「臼状(バンチド)」など複数の運動パターンが存在し、英語母語話者であっても個人によって異なる舌の形状を用いて同等の音響的特徴を生み出しています。
こうした複雑な背景を持つ音素対ですが、成人の日本人学習者であっても適切な知覚訓練を受けることで、明確に新しい音素カテゴリーを形成できることが実験によって証明されています。
ブラドロー(Ann R. Bradlow)らによる実証研究(Bradlow et al., 1999)では、日本人の成人英語学習者に対して、英語の/r/と/l/の違いだけが異なる単語のペア(rock / lock、read / leadなどの「最小対」)を大量に聞き分けさせる知覚識別訓練が行われました。特定の単一話者の声だけに慣れてしまうことを防ぐため、複数の英語母語話者による多様な音声刺激を用いた「高変動知覚訓練(High-Variability Phonetic Training: HVPT)」の手法が採用されました。
実験の結果、集中的な知覚訓練を受けた日本人成人学習者は、訓練前と比べて/r/と/l/の聞き分け正答率を有意に向上させました。しかし、この研究の真に驚くべき発見は、知覚能力の向上だけにとどまりませんでした。
訓練期間中、参加者は発音の練習や指導は一切受けず、ただヘッドホンを通じて音を聞き分けるテストを繰り返しただけでした。それにもかかわらず、訓練後に録音された彼らの発音を英語母語話者の聴取者がブラインドで評価したところ、発音(産出)の明瞭さと正確さのスコアが訓練前と比べて有意に改善していたのです。これは、「正確な知覚目標が脳内に形成されると、それが運動実行(調音)のプロセスにも波及し、発音の改善をもたらす」という知覚・運動の相互作用を鮮やかに実証しています。
さらに重要な知見は、その保持期間です。訓練終了から3か月が経過した時点での追跡テストにおいても、向上した知覚能力と改善された発音の質は、訓練終了時と変わらない高い水準で保持されていました。成人日本語話者に対する英語/r/と/l/の最小対を用いた知覚識別訓練により、知覚能力のみならず発音の質も改善し、その効果は訓練終了後3か月時点でも保持されることが確認されたのです。この知見は、成人の脳であっても適切な条件と刺激が与えられれば、母語には存在しない新しい音素カテゴリーを獲得し、それを長期にわたって維持できることを力強く証明しています。
4. 「通じること」と「母語話者そっくり」の違い:発話評価の3つの次元
成人であっても新しい音素カテゴリーを獲得できることが科学的に示されている一方で、私たちは日頃、「外国語の発音の良さ」をどのように評価しているでしょうか。多くの学習者が「母語話者と全く同じように発音すること」だけを唯一のゴールと見なし、少しでもアクセントが残っていると「自分の発音は未熟で通じないのではないか」と不安を抱きがちです。
しかし、言語教育学や音声知覚研究は、発音の評価を単一の尺度で測るべきではないと強く指摘しています。発話が聞き手に伝わるプロセスには、明確に区別される複数の次元が存在するからです。
この点に関して重要な理論的枠組みを提示したのが、マンロー(Murray J. Munro)とダーウィング(Tracey M. Derwing)による研究(Munro & Derwing, 1995)です。彼らは第二言語話者の発話を母語話者の聴取者が評価する実験を行い、発話評価を以下の3つの独立した次元に分類しました。
- 明瞭性(Intelligibility):聞き手が、話された単語や文をどれほど正確に聞き取れたか(同定できたか)という客観的な伝達度。聞き手が音声を正確に書き取れた割合(正答率)などで測定されます。
- 理解しやすさ(Comprehensibility):聞き手がその発話を理解するにあたって、どれほどの精神的努力や認知的負荷を要したかという主観的な負担の度合い。「どれくらい楽に理解できたか」の評価です。
- アクセント度(Accentedness):その発話が、聞き手にとっての母語話者の発音基準からどれほど隔たっているかという知覚度。「どれくらい母語話者らしく聞こえるか」の評価です。
Munro & Derwing (1995) の実験における最大の発見は、これら3つの次元が必ずしも一対一で比例しないという事実でした。第二言語の発話評価において、明瞭性、理解しやすさ、アクセント度は区別される次元であり、アクセントが強くても十分に理解される発話が存在するのです。
具体的には、母語話者の聴取者によって「アクセント度が非常に高い(強いなまりがある)」と評定された発話であっても、明瞭性のテストにおいて100%正確に書き取られ、かつ聞き手に過度な認知的努力を強いることなくスムーズに理解された発話が少なからず存在しました。つまり、「強いアクセントがあること」と「発話が理解できないこと」は全く別の事象であり、アクセントが残っていても完璧に通じ、心地よく理解される発話は成り立ちます。
もちろん、アクセントの特徴と理解しやすさが完全に無関係なわけではありません。単語のアクセントの位置(強勢)が大きくずれていたり、文全体のリズムや抑揚(プロソディ)が崩れていたりすると、聞き手は文構造を予測しにくくなり、理解するために余計な認知的負荷がかかって「理解しにくい」と感じることがあります。個々の母音や子音(分節音)の微細な違いよりも、音節の長さやイントネーションといった超分節的特徴の乱れのほうが、明瞭性や理解しやすさに大きな影響を与えやすいことも多くの研究で示唆されています。
しかし、ここから導き出される本質的な結論は、「母語話者と全く同じアクセントを獲得すること」は、コミュニケーションを成立させるための必須条件ではないということです。相手にとっての聞き取りやすさ(明瞭性)と認知的負担の少なさ(理解しやすさ)さえ確保されていれば、母語のアクセントが残っていることはコミュニケーション上の欠陥にはなりません。
5. アクセントと人の能力:社会的評価と多様な学習目標
発音の科学的なメカニズムを離れて人間社会を見渡すと、アクセントという現象はしばしば、純粋な音響的特徴を超えた社会的・心理的な意味を背負わされます。
最も深刻な課題は、アクセントに対する社会的な偏見やステレオタイプです。第二言語特有のアクセントを持つ話者が、就職面接、住宅の賃貸契約、法廷証言、あるいは職場や教育現場での評価において、不当に低い評価を受ける事例が世界各地で報告されています。話者がどのような発音をするかによって、その人の能力や人間性が勝手に推し量られてしまうのです。
しかし、音声科学と言語心理学の研究が明白に示している原則があります。それは、アクセントの強さだけから、個人の知能、専門性、考えの内容、または総合的な言語能力の低さを判断することはできず、両者を結び付けることは科学的にも論理的にも全く妥当ではないということです。
特定の音素の調音タイミングや母音の周波数特性といった音声的特徴は、その人がどの言語環境で育ち、いつどのように第二言語を学び始めたかという音声的経歴を反映しているにすぎません。その話者が持つ論理的思考力、高度な専門知識、独創的なアイデア、さらには豊かな語彙力や複雑な構文を使いこなす統語的能力とは本質的に何の関係もありません。アクセントがある発話を聞いて「この人は能力が低い」「語学が未熟だ」と結論づけてしまうのは、聞き手側の認知的バイアス(言語的偏見)に起因するものです。
さらに言えば、私たちが日常的に口にする「アクセントがない発音」「標準的な発音」という概念そのものが客観的な実体ではなく、極めて相対的な概念です。言語学的に見れば、すべての人間は何らかの地域、社会階層、あるいは時代に固有のアクセントを持って話しています。ある特定のアクセントが「標準」や「正しい発音」と見なされるのは、その発音を用いる集団が社会的な力を持っていたり、教育やメディアの規範として歴史的に採用されてきたりしたからにすぎません。「無アクセント」とは、特定の規範に照らした相対的な知覚にすぎないのです。
こうした偏見への反論として、ときに「外国語を学ぶ人は母語しか話せない人よりも認知的・知的に優れているのだから、アクセントを誇るべきだ」といった逆向きの序列化を語る言説が見られることがあります。しかし、偏見を解消するために別の優劣付けを持ち出すのは得策ではありません。重要なのは、どちらが優れているかという序列を作ることではなく、「アクセントの有無と知的能力・人間性は完全に切り離された別個のものである」という客観的な事実を社会全体で共有することです。
一方で、発音学習における個人の目標設定については、多様な価値観が尊重されるべきです。「通じる発音であればアクセントが残っていても気にしない」という実用的な姿勢は合理的ですが、だからといって「母語話者に近い発音を目指したい」「特定のアクセントを身につけて現地のコミュニティに深く溶け込みたい」と願って練習に励む学習者の意欲を否定する理由もありません。発音をどこまで磨くかは、個人の学習目的、美意識、キャリアの必要性に応じた自由な選択です。「母語話者そっくりにならなければ失格である」という強迫観念から解放された上で、自分自身の目標に向かって主体的に学習を選択できる環境こそが大切です。
6. 音声学習に関するよくある疑問(FAQ)
Q1. 大人になってから外国語を始めても、脳が固まっているから発音は良くならないというのは本当ですか?
A1. いいえ、それは科学的な事実ではありません。 改訂音声学習モデル(SLM-r)が提唱し、Bradlowらの実証実験が証明しているように、成人の脳の音声知覚・産出カテゴリーは生涯を通じて再編成されうる柔軟性を備えています。確かに大人はすでに確立された母語の強力なフィルターを持っているため、漫然と聞き流しているだけでは新しい音を母語の音に引き寄せて処理してしまいがちです。しかし、複数の話者による音の違いを聞き分ける高変動知覚訓練(HVPT)など、適切なインプットとフィードバックを受ければ、成人であっても新しい音素カテゴリーを形成し、知覚と発音の双方を大きく改善させることができます。
Q2. 発音を改善したい場合、何から優先して取り組むべきですか?
A2. 個々の母音や子音を母語話者そっくりにすることよりも、まずは「明瞭性」と「理解しやすさ」に直結するプロソディを優先するのが効果的です。 Munro & Derwingの研究が示すように、アクセントが残っていても十分に理解される発話は多く存在します。発音練習においては、極端に細かな子音の完全再現を目指す前に、単語の強勢(アクセントの位置)、文全体の区切りやリズム、抑揚(イントネーション)といった超分節的特徴を整えることが推奨されます。プロソディが正確であれば、聞き手は文構造や重要語を予測しやすくなり、理解にかかる認知的負荷を大幅に減らすことができます。その上で、意味の混同を招きやすい重要な音素の区別に取り組むのが合理的です。
Q3. 自分の外国語のアクセントが気になって自信が持てないときは、どう考えればよいですか?
A3. アクセントは能力の欠如ではなく、母語という完全な言語体系をすでに習得している証拠だと捉えてください。 音声科学が明らかにしている通り、発音のなまりと、個人の知能、専門性、思考の深さ、言語能力の高さとの間には何ら関連がありません。相手に話が問題なく通じているのであれば、その発話はコミュニケーションの道具として十分に機能しています。アクセントを恥ずべき欠陥と捉えるのではなく、自身の言語的経歴を示す自然な特徴として受け入れた上で、より快適で明瞭な対話を目指して少しずつ微調整を重ねていく姿勢が最も建設的です。
7. おわりに:アクセントへの理解が変えるコミュニケーション
外国語を話すときにアクセントが残る現象は、努力不足や能力の限界を示すものではありません。それは、私たちが長い年月をかけて母語という高度な言語システムに適応し、効率的な知覚と調音のネットワークを築き上げてきたことの必然的な帰結です。そして現代の科学が明らかにしているように、そのネットワークは決して閉ざされたものではなく、生涯を通じて新たな経験や訓練によって更新されうる柔軟性を保ち続けています。
外国語の対話において私たちが真に目指すべきなのは、母語話者の発音を完璧に模倣することではなく、互いの認知的負荷を軽減し、意図を正確に共有し合える「明瞭で開かれたコミュニケーション」です。アクセントが残る仕組みとその社会的背景を正しく理解することは、学習者自身を不要な劣等感から解き放つと同時に、聞き手にとっても多様な声の響きを受け入れ、言葉の内容そのものに耳を傾ける成熟した対話への扉を開くことにつながるのです。
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出典・参考資料
- Flege, J. E., & Bohn, O.-S. (2021). The Revised Speech Learning Model (SLM-r). In R. Wayland (Ed.), *Second Language Speech Learning: Theoretical New Frontiers* (pp. 3–83). Cambridge University Press. https://doi.org/10.1017/9781108886901.002
- Cambridge University Press (2021). *Second Language Speech Learning: Theoretical New Frontiers*. https://doi.org/10.1017/9781108886901
- Munro, M. J., & Derwing, T. M. (1995). Foreign Accent, Comprehensibility, and Intelligibility in the Speech of Second Language Learners. *Language Learning*, 45(1), 73–97. https://doi.org/10.1111/j.1467-1770.1995.tb00963.x
- Bradlow, A. R., Akahane-Yamada, R., Pisoni, D. B., & Tohkura, Y. (1999). Training Japanese listeners to identify English /r/ and /l/: Long-term retention of new phonetic categories. *Perception & Psychophysics*, 61(5), 977–985. https://doi.org/10.3758/BF03206911
